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化物屋敷

化物屋敷

佐藤 春夫

 もう殆んど二十年の昔になる。記憶もすべて色せたが、その頃失敗つづきの結婚生活を一時打切って独身生活にかえっていた自分は弟の家に厄介になっていた。それまでにもう二度もその経験のある自分は弟の家庭に離縁ばなしが持ち上ったのを逃避して旅行に出てしまった。弟の離婚はその後とうとう実現されて彼等は家を畳む勢になった。その報告と相談とに対しては自分は好意ある冷淡以上のものを示す方法を知らないから、唯勝手にするがいいと捨て置いた。しかしそうばかり打捨てて置けないのは、自分の預けて置いてある荷物であった。ガラクタが相当カサ張っているのを持ち扱っているというから、近所の貸間なり下宿なりの一二室を借りるともそれで間に合わなければ小さな家を一軒でもいい適当にやって置けと命じたけれど、到底一二室位で納まりきらない。家を一軒となると荷物だけでは不用心だから留守番が必要だという。それでは当時沢山いた出入の青年のうち石垣にでも頼んで住わせたらと言ってやると、あんなズボラな連中に留守番はさせられないという。それでは何もかもたたき売って仕舞えというと弟は自分のも売ったが二束三文で惜しかったからやめた方がよかろうという。面倒だどうなりといいようにして置いてくれと言ってやると、最後に電報でともかく一度帰って来いと来た。こんなクソ面白くもない手紙の往復を重ねているうちに旅行予定の日子もすぎてはいるが、それを逃げた目的も達せずに帰るのはいやだし、自分が帰京してみたところで更に名案もないのだからカタヅカヌウチハカエラヌとすまし返って知らん顔をしていた。ガラクタの困ることは予めわかっているから旅に出る時にも売払ってしまうことを力説したのに、弟の家庭問題で田舎から出て来ていた姉が勿体ないを連発するのでツイ実現せずに来てしまったのだから、この方の荷物は当然姉に整理して貰える筈であった。あとの机のまわりのものは旅行前にも頼んで石垣がやってくれる事になっていたのだから、弟に電報を出すと同時に石垣にもハガキを出して且つは督励し且つは改めて懇願して置いた。

 石垣からは四五日後に返事が来て「もういつ御帰京下されてもよろしい。お気に召すかどうかは存じませぬが御荷物は御姉上様の御差図によってさる家へ預け込みました。お机もともかく同じ家の静かな一室に据えて明窓浄机は既に先生の御帰京を御待ち致し居ります。左記へ電報を頂けば池田や東なども誘い合せて駅へお迎えに出ます」という文句であった。

 石垣はお祭騒ぎの好きな奴だが、そうどやどやと出迎えられるのは迷惑ながら、誰かに来て貰わないでは自分の新居が判らないのだから困る。由来番地によって家を捜すのは容易に成功せぬ自分だ。幾人でも来たいだけつれて来るがいい。ひとりなら待たせては気の毒だが大ぜいなら一時間や半時待たせて置くのも構わぬし、代り番に旅鞄を運んで貰うという便宜もある。石垣もそのつもりであろう。

 電報で頼んで置いたとおり二時半に品川に着いてみると、石垣は同勢を四人も引きつれて出迎えていた。池田、東、浜野、それに彼等の仲間で一二度は顔を見たがまだ名前をおぼえていない男まで加わっていた。景気づけに同勢を残らず狩り出して来たものと思えた。けれども石垣の説明を聞いているうちに、彼等は石垣の勧誘を待つまでもなく皆自発的に散歩を兼ねて出迎えたものと知れて来た。石垣に宛てた一本の電報はやがて彼等一同に宛てたものと同様の効果があったのである。というのは、彼等はみな石垣と同宿、つまりは自分のがらくたと同宿であった。というよりも自分と自分の荷物とは石垣の仲間が大部分を占領しているさる素人下宿の二室に引取られたもので、二室に納め切れないもののためには、それぞれこの人々がその押入の一部分を提供していることまで追々とわかって来た。弟の家の食客をやめた自分は、こうして自分の弟子と自称する一団の青年たちの同宿人になっていたわけである。姉はと聞いてみると、荷物の整理のため一両日は止宿していたが、それも片づくにつれて退屈になったらしく、自分の帰京を待ちくたびれていたのがいつ帰るやら当にはならないというので一昨晩自分の電報がとどくほんの少し前に帰郷してしまったという事であった。

 自分は青年たちに促されて渋谷の駅に下車した。その素人下宿というのはこの場末の三業地の一隅にあるのだという事であった。絃歌湧くが如きなかに、北に筑波を西に富士を見晴す宏荘な三層楼だという石垣の説明は口調に少々道化があったけれども行って見るに及んで大して誇張のないものに思えた。一間の硝子戸を二枚入れた入口からそれにつづく二坪の土間、式台にまがうあががまちにつづく廊下の広さなど、一目見るなり場所柄当然料理屋として建てた家とわかった。自分の部屋は二階だというから先ず自分の部屋を見ようと二階へ急いだ。入口の左手の壁に沿うて見える階段を上ろうとして自分は何故か先ずこの階段が面白くないと思った。それは地階から二階へ二階から三階へ登る二つの階段が一直線につづいていたためであろうか、別だん勾配が急というわけでもないのに眩暈を誘うような感じを伴うのが不愉快であった。その階段を二階まで昇ってみると間取の都合か何かで躍り場がすこぶる狭い。やっと三尺あるかどうかが疑わしい程である。最もそのわきへ一歩ふみ出すと四尺幅の廊下へ出る。自分の部屋というのはその廊下づたいに三階へ昇る階段の裏手にある六畳の一室であった。雨戸を〆切ったうす暗いなかに雑然と荷物を投げ込んであるせいか陰気ないやな部屋である。もう一間というのは廊下をへだてた向い側で姉はそこにいたとかいうが、二つとも似たりよったりで明窓と浄几とを何れにか求めんと叫びたくなるような情けない気がした。

「あきまへんか。」

 と石垣は素早く自分の顔色を見てわざとトボケタ口調である。何れは仮りの宿のつもりではあり、註文も文句も一切言わないという条件で探させたのだから自分は不満を抑えている外はなかったが、先刻この家の表へ立った時から起っていた腹立しいとも情けないともいぶかしいとも言えない強いてこれを言えばそれ等の諸感情を打って一丸としてその表面をさびしさで塗りこめたような心持が刻々に迫るのを感じた。そうして日頃はそんな気持もあまり起らないのに、姉や弟などに会いたいような切ない気がするのであった。やはり旅の疲労でもあろう。

「ちと陰気だね。」

 と自分がひとりごとに呟いたのを石垣はすぐ耳に入れて、

「三階ならばお気に召すかも知れませんね。まあ御覧になってください。どこの部屋でも御気に召したところがあったらお取り代えします。はじめから皆そのつもりですから。」

 自分は大した期待をも抱かなかったが、とにかく石垣の後につづいて三階へ上って見た。ここは今までの陰気なへんな心持を一掃するに足る明るさであった。わけても池田と浜野との二人が占領しているという表の八畳は高台の上にある三階だけに石垣の言葉のとおり北に向った一間の縁側がすばらしい見晴しであった。雲烟うんえんにつつまれた地平線上に筑波かと思われる山が見えてその間の平地に起伏する丘や山林などが折からの夕日に浮き上って見えるのであった。夜になるとその地平のところどころに灯影も星のように見えるというのであった。その風景の上を吹き過ぎて渡って来る風もこれから盛夏に入ろうとする今貴重なものであった。この縁側に籐の寝椅子を置いて昼寝を貪ったらよかろうと大へん気に入ったけれど、池田も浜野も気に入っていると聞くと彼等の先取権を無視してここを占有しようという気もなくなった。その代り時々ここへ遊びに来て自分の部屋同様に使うことにしよう。そのうしろの八畳というのは自分の部屋のすぐ上に当るところであるがこれも表ほどではないが、梧桐の梢を南の窓に見る悪くない部屋であった。これは冬になったら好もしいに違いない。夏は池田の部屋をそうして冬は東のこの部屋をわが物顔に使う特権を自分は身勝手に決めた。石垣はわが身に迷惑のかからぬ事だけにすぐ賛成の意を表したばかりか、彼等には石垣から然るべく申込んで置くとさえいうのであった。最後に行ってみたのは階段の上り口に近い石垣の部屋であった。北と西とに窓を持った六畳であった。彼が机を据えた窓の外には富士山が小さく見えていた。石垣は俗っぽいショオもない山だと吐き出すように言った。自分は石垣の机の側に座を占めて、彼を相手に旅の話などをして聞かせて、皆がそれぞれ自分よりいい部屋を決めてしまっている不平などをなるべく言わないでいた。人のいい姉が石垣にでも言いくるめられて悪い部屋を押しつけられ、どうせ荷物を入れるのだからどこでもいいことにしたのであろうと思った。それにしても自分の部屋の陰気さが今だに頭にしみ込んでいて消えないのは不思議であった。

「君この家はどうもちとへんな家のような気がするけれど別にかわった事もあるまいね。」

 と自分は石垣に聞いてみた。

「イヤデッセ、センセ。おどかしちゃいけませんよ」と石垣は例によって道化た口調であったがそれを改めて「どうしてそんな気がしましたやろ――明るい気分の家やありまへんか」と関西訛をまる出しだけれども口調だけは真面目であった。

「どうしてだか理由は自分にもわからない。しかし第一印象がどうもよくない。玄関から高い長い階段を見上げた時はいやな気がしたよ。それから二階の部屋へ行ってみるとあまり陰気でね。――三階はそうでもないが。三階はいい部屋ばかりだね。それが一層おかしい。みな相当な部屋だし家全体だってそう古びても居ないではないか。」

「二階の陰気なのは〆切って誰も住んで居らなかったからではありませんか。それにこの家では二階が一番人口が少いのですからね。――三階が四人、下が三人、二階が今までは二人、いや一人半にも足りませんか。」

 蛍籠のように四角な家が同じ坪数を三重に積み上げた建物だけに各階の人口を論ずるのは石垣特有のおかしみがあった。それにしても、

「ひとり半にも足りないというのは?」

「小さな子供とお母さんとがいますが、親子とも不具者です――そやな、あの母子はちと陰気やな(と石垣はしきりと自問自答して)先生のお隣りの部屋ですが、五つになってもまだ口を利かないという子供を育てているびっこの後家さんです。後家さんやともいうし、亭主がほかに女子をこしらえたんで別居しているらしいともいう。どっちやがほんまやわからへん。」

「年は。」

「まあ見たところ三十五六か知ら。」

「顔立は。」

「アキマヘン。テンとアキマヘン。」

 と石垣はアッサリ無慈悲な一句で評し去ってバットに火をつけている。

「皆ここに来て十日位にはなるのだね。誰も今までに僕のような感じを持ったものはなかったかい。」

「別にそんな話出た事はありません。」

「それなら別に気にすることもないね。」

「ただ僕一ぺんおかしな事ありました。越してきて二日目か三日目か知らの晩でした。こうしてここへ坐って原稿書きで徹夜していますと、何やあそこのふすまがそっと開いたような気がしたのでふりかえって見たら誰も居らしまへん。でも誰やら僕のところのぞいてから梯子段を下りて行ったものがあるような気がしてならんので、気をつけていましたけれどそれ切り誰も上っては来ません。おかしいなおもうて、池田の奴でもフラフラしおって、下の後家さんのとこでも忍んで行くのに様子伺って置いて行きやがったのかいな思うたりして、朝になってからゆうべ誰ぞ僕の部屋のぞいてから便所へ下りたものないか尋ねて見ましたけど、誰もそん者ありゃしまへん。そうか。そやったらついそんな気したのや言うてすましましたけど、ちとへんでした。へえ、その晩きりです。」

 石垣とそんな話をした翌日だか翌々日だったか忘れたが、やはり夕方まで雑談をしていてから急に皆を誘うて散歩に出ようという気になった。この間迎えに来てもらったお礼をせずにいたのを思い出して一緒にビール位飲もうかと思い立ったのである。浴衣でも着かえ直そうと思って自分の部屋へ行った。夏の夕方、外はまだ明るくて部屋の内は暗くなっている時刻である。つかつかと自分の部屋へ突進して行った自分は、南側の障子の外に何やら黒い影がさしているに気がついて、その方へ進んで行って障子を明けて窓の外を確めてみた。出窓のようになっている外枠の上にぶらさがっているものがある。正体を見きわめるひまもなく自分は部屋を飛び出してしまった。浴衣を着かえるどころか明けた障子を閉めるだけの余裕もなかった。三階へ駆け上って行くと青年達は自分の様子を見て驚いたらしく、どうしたか、どうしたかと詰め寄るのであった。自分の顔色が蒼白だというのである。自分は自分の部屋の窓に正体の知れないものがぶらさがっているのを見たからだとありのままを話して石垣や池田や東を連れてもう一度部屋のなかへ入って見た。部屋の電燈をともしてもう一度皆揃って見直すと何の事はない。そこにぶらさがっていたものは足駄の爪皮がゴムのところを釘にひっかけてあるのが夕風にゆれているだけの事であった。人々の笑うのはもとより自分も自分の臆病がわれながらおかしくもきまりが悪いので困った。しかし自分の見たものは最初障子に映っていた物影は勿論、障子を明けて見直した時にも、もっと大きなものに思えたのである。その晩自分は石垣にさんざ冷かされながらも彼の部屋へ寝させて貰って一夜を過した。この事があってから後は自分は全く怯えてしまってどうしても自分の部屋でひとりいる気がしなくなってしまった。じっとそこに落着いている間はまだそれほどでもないが、室の外にいて自分の部屋へ帰らなければならないと考える事のさびしさが我慢の出来ないものであった。いよいよ自分の部屋へ入る段になるとどうしてもひとりでは入れなかった。人々を同伴して入る時でさえもそれは自分の居室へ入るというよりは何か他人の密室へ侵し入るような緊張した不気味なやましいに似た気持がしてならないのであった。自分の今迄の経験によると化物屋敷に共通な恐ろしさは帰って行く時のこの気持の一つにあるような気がする。そうして人恋しく同伴の人をいつまでも引きとめて置きたい。自分の部屋以外のところで人々と一緒にいたくてならないという妙なさびしさだけである。自分は終に二階の自分の部屋で生活することをやめて三階の石垣の部屋に同室することになった。そうして半月ばかり居る間に三階の連中に異変が生じて来た。先ず池田の部屋の同居人の浜野が精神に異常を来たしはじめた。武蔵野一帯はどこを掘っても人骨だらけである。考古学上の大発見をしたと言って牛の骨か何か拾って来たのがはじめであった。犬のくわえていたものか何かであったろうそれが今度は猫の頭の骨を捜し出して来て、人間の髑髏だと主張して聞かないばかりか、その髑髏を抱いて東の部屋へ侵入してそこの窓から梧桐の葉越しにその髑髏を裏の家へ投げつけようとするのであった。それをなだめすかしてやめさせると、髑髏がいけないというならばというので路傍から石臼のかけを拾って来た。並大抵の力では両手でも持ち上げられないのを彼は細腕の片手で持ち上げて礫のように窓外へ投げようと身構えするのであった。我々は持てあまして電報で父兄の上京を促した。医師の診断の結果は当分病院に収容する必要があると認められた。次には平生病弱な東が、朝夕微熱を発していたのがまだしもせぬうちに喀血したとひとりで騒ぎはじめて人毎に衰弱を訴え、早晩生命はあるまいその証拠には毎晩就眠前に自分が映してみる鏡には自分ではない見も知らぬ蒼白な顔が映ると主張するのであった。これもどうやら精神状態が異常と思えた。

 これ等の騒ぎが引きつづいて起りはじめた頃、或る晩石垣が下の主人の伝言だというので自分を茶の間へ呼びに来た。主人と主婦とが自分に相談があるというのだそうである。この時、石垣からはじめて聞いたが、本来この素人下宿の主婦というのはこの土地の芸者であるが、亭主持ちの中婆だから月に一度か二度ぐらいしか座敷がかからないので内職に素人下宿をはじめた者だという。はじめは東の知人から紹介されて、自分のガラクタが二室なり三室なりを占領するならその荷物の預り代だけでも借りられる適当な家の心当りがあるから、ついでに若い元気のいい連中を四五人も好意的に世話したいという話と主婦が中婆にしろ何にしろ芸者というのに好奇心を動かした青年たちの同志が四人出来たのでこの素人下宿ははじまったわけであったという。つまり自分のガラクタ保管料だけで家賃が出るというのだから曰く附の家に相違なかったのである。この婆芸者は界隈で名うての家に目星をつけてそれの利用方法を案出したわけであったと見える。おやじの奴はもう恐縮し切って閉口していますよ。そうして第一印象で怪しい家と見て取ったと話したものだから、先生の御眼力には全くおそれ入りましたよ。かみさんもこのごろは毎晩恐ろしがって泣いているというのです。どんな話ですかとにかく一度行って見てやって下さい。おやじの奴畳に頭をすりつけて拝まんばかりにしていますよ――というのが石垣の話であった。

 階下の階段下の茶の間へ行ってみると四十五六と見えるおやじが晩酌を一本やったとかで赤銅色になっているのが自分を見るなり平身低頭して、

「御免下さいまし、こんな色をして居ります。あまり陰気くさいので気散じに一杯やりました。それに素面では何分申上げにくうございましてな。先ず第一にお詫び申上げなくちゃなりませんが、さすがは先生の御眼鏡は違いますな――どうしてこの家を怪しいとおにらみなさいましたか。」

ほかではないよ。場所柄ではあり建物の造りから言っても立派に待合なり料理屋なりに使い道のある家を素人下宿などにつぶして使うというところにどうも曰くがあろうかと思っただけの事でね。」

「成程、なるほど。おそれ入りました。全くお言葉のとおり。まるで使い道のない曰く附の家でございまして一月でも二月でも住んでさえ貰えばいい永ければ永いほどいい住んでいる間はいつまででも唯で貸せるという話を聞き込んで来て嚊が家主さんに確めるとそれに相違ないというのでその気になったものです。もっとも外に方法もありませんでしたし、泥棒や欺偽をするよりは増しだと思いましたからね。わたしはこれでも陸軍の軍曹でしてな、三十七八年の戦役にも第二軍に従軍しています。化物屋敷などは糞とも思いません。それにおいでになって下さる方が皆さん教育のある若い元気な方ばかりが揃っていらっしゃるから神経に病む方もあるまい。賑やかで気が強いと嚊なども実ははじめ喜んで居りました。ただ女中がいつかないのに困りましたな。どこからでもすぐ聞かされて来ますからね。今までにもう四五人も変りました。どれも三日とは落ちつきません。三日居た奴はきっと三日目に近所で聞き込んだので聞き込むと直ぐ逃げたのでしょう。それで嚊は女中も置けないで皆さんの御用やこの広い家の拭き掃除まで一切自分の手でやるのはかなわない。もう早くやめさせてくれとせがみますが、勿論おまんまを頂くにはそれ位の苦労は何でもあるまい、お前もおさんになったと思えば何でもあるまいと叱りつけて居ましたが、仕事が苦しいところへ気を病むせいか体がだんだん悪くなって来ましてな。尤も嚊やわたしに祟る分には致し方もございませんが、浜野さんや東さんのような事がひきつづいて起るようでは何とも申しわけがございません。何を迷信がと考えていましたがこう顕が見えて来てしまってはかないませんから、実は今日、易者のところへ行って相談しましたが、こちらが何も言い出さないうちにお前さん住いの心配で相談にきなすったなと来たのにはすっかり参りましたよ。その次の言葉は、いけねえ早く越しておしまいなさいですとさ。お前さんはよっぽど強い星に生れついて来ているからいいようなもののお神さんなぞはもうそろそろいけなくなりかかっている。一時も早く越してしまわなければ住まっている者全部、弱い星の者から順々に皆駄目ですぞ。お前さん知るまいがお前さんのいる家には死霊が二つも三つもついているから到底かなわないのですとさ――お前さん知るまいがだけはさすがの易者先生図星とはいきませんでしたね。こちらが万事呑込んでかかっているとは見抜けなかったのですね。それはともかくも言う事が一々思い当るので、わたしももうこの家は切り上げる気になりましてね、すぐその足で二三軒さがして置いて来ました。実はそれに就て先生にお願い申したいのは外でもありませんが、今度こそはレッキとした家をさがしますから、こんなインチキおやじでも愛想をつかさないでおつき合い下さいませ。今までどおりお荷物をお預りしたり先生やお弟子さんたちのお世話をさせて頂ければ地道に致しまして夫婦だけの口すぎには足りるからと嚊が厚かましいが打明けて先生にお願い申してみようと申しますので、皆さんさえ御承知下されば一日も早い方がいいから今日見て置いたうちのどちらか、皆さんにきめて頂いてお気に召した方を明日にでも取り決めて引越しさせて頂きます。それはもう何もかもすっかりわたくしどもでいたしますとも、皆さんにはお体だけ先にお運び願って向うで待って居ていただくだけの事というので自分も大たい賛成したところへ、隣室で鏡に向って髪をなでつけていたらしい主婦が顔を出した。婦人病のうえに腎臓でも病んでいるかと思えるような蒼白な顔が冬瓜のように腫れぼったくむくんだ四十女である。主よりお聞きのとおりまことに申わけのない次第と手をついて詫びるのをいいかげんにやめさせようと、それでこの家の因縁というのはと問おうとすると、その話はここでは口外するのも怖ろしいから、新らしい家へ越してからゆるゆる申し上げることにいたしましょう。たとい一晩でもここにおいでになる間にお聞きなすってはお気持がよくございますまいからというのであった。

 翌日我々はこの高台の三層楼を逃げ出した。口の利けない子供を持ったびっこの女だけはいずれは空いている部屋があったのだから一人でも人数の多い方が賑やかでいいと罪ほろぼしに金を取らずに置いていたのだけれど、今度はもうそれも出来ないというのでこの母子の世話は断り、病人の東の代りは石垣が誰か別につれて来た。主婦の顔色は急には直らなかったけれども女中を置いて気楽そうに養生していた。家賃を払わない家に五人の下宿人を置いて自分の荷物の二室も二十円やそこらは払っていたのだから、今度の家の敷金の外に多少の貯金も出来た道理であろう。

 化物屋敷の由来というのを聞くと、あの三層楼はもとあの土地の眺望に見込みをつけた人が、料理屋として設計したのが身の程に過ぎたものになって工費の手詰りから工事中の建物を抵当に地主(家のうら手にある)から工面をしたのがもつれのもとになって、工事落成とともに景気よく開業したところへ押えられてしまったとやらでそんな紛糾から普請主は逆上して家にけちをつけてやろうと三階の筑波を見晴らす縁側で割腹して死に切れないで階段を四つん這いになって下りたとか、その細君と割腹した主人の弟とがどうとかいう噂があったのが、そのうちのひとりはまもなく病死し、後のひとりは縊死いししたとかいうのであったが、詳しいところはもうおぼえてはいない。