青空文庫ビューアー

象徴の烏賊

象徴の烏賊

生田 春月

る肉体は、インキによつてたされてゐる。

傷つけても、傷つけても、常にインキを流す。

二十年、インキに浸つた魂の貧困!

或る魂は、自らインキにすぎぬことを誇る。

自分の存在を隠蔽いんぺいせんがために

象徴の烏賊いかは、好んでインキを射出する。

或る蛇は、常に毒液を蓄へてゐる。

至大の恐怖に駆られると、蛇はみつく。

致命の毒を対象に注入しながら

自らまた力尽きてたふれる旱魃かんばつの河!

或る蛇の技術は、自己防衛とその喪失、

夏夕の花火、一瞬の竜と天上する。

或る貝は、海底に幻怪な宮殿を築く。

あらゆる苦悩は重く、不幸は塩辛く、

利刃に刺された傷口は甘く涙を流す。

或る真珠の涙は、清雅な復讐ふくしうである。

奸黠かんかつな商売の金庫に光空しく死せども、

美しい夫人の手に彼の涙は輝く。

或る植物は、常にじめじめした湿地に生え、

その身をあまりに夥多くわたなる液汁に包む。

深夜、或る暗い空洞から空洞へ注ぎこまれ、

その畸形きけいなる尻尾を振つて游泳いうえいする

或る菌はしばしば死と復讐の神である。

漠雲の中哄笑こうせうする、目に見えぬものは神である。