青空文庫ビューアー

火の記憶

火の記憶

木下 夕爾

とある家の垣根から

つる草がどんなにやさしい手をのばしても

あの雲をつかまえることはできない

遠いのだ

あんなに手近にうかびながら

とある木のこずえ

終りのせみがどんなに小さく鳴いていても

すぐそれがわきかえるような激しさに変る

鳴きやめたものがいつせいに目をさますのだ

町の曲り角で

田舎みちの踏切で

私は立ち止つて自分の影を踏む

太陽がどんなに遠くへ去つても

あの日石畳に刻みつけられた影が消えてしまつても

私はなお強く 濃く 熱く

るものの影を踏みしめる