一休さん
お母さま
こどものとき 一休さんは、千菊丸という なまえでした。
ある はるの日の ことです。千菊丸は うばに つれられて きよみずでらに おまいりに いきました。
おてらの にわは さくらの 花が まんかいでした。
はらはらと ちる さくらの はなびらの したでは、おばあさんや お母さんに つれられた 子どもたちが、あそびたわむれています。
「きれいだなあ ばあや。」
しばらく 花に みとれていた 千菊丸は、ふと、むこうの いしだんの ところに いる おや子づれの こじきを みて、ふしぎそうに たちどまりました。
きたない きものを きた こじきの 母おやが、五つか六つぐらいの 子どもを そばに すわらせて、おもちゃを やっているのでした。
やがて 千菊丸は うばの 手を ひいて、たずねました。
「ばあや、あれなあに。」
「おや子の こじきです。まずしいので さんけいの 人に ものを もらって たべているのです。」
「そうじゃあないの、ばあや、千菊は あの おんなの こじきは あの 子どもの なんじゃと きいているのだよ。」
「あれは、お母さんと 子どもです。」
「ふうーん。」
と、千菊丸は いかにも ふしぎそうです。
「こじきにも お母さまが あるの、ばあや。」
「はい。こじきにも お母さまが いますよ、千菊さま。」
「ふしぎだ なあ。」
千菊丸は かわいい くびを かしげて、しばらく じっとして いましたが、
「あんな きたない こじきにも お母さまが あるのに、千菊に どうして お母さまが ないのだろう。ばあや、どうして 千菊には お母さまが ないの。」
と、ばあやの 手を ぎゅっと にぎりしめて いいました。
「ええ、千菊さまには……千菊さまには……。」
うばは、はたと こたえに つまって しまいました。
と いうのは、つぎの ような ふかい わけが あるからでした。
父は てんのう
一休さんの うまれたのは おうえい元ねん、いまから ざっと 五百六十年ばかり まえの ことです。
お父さまは ごこまつてんのうで、お母さまは いよのつぼね と いいました。
ほんとうならば 一休さんも てんのうの おうじさまとして、きゅうていで そだてられる はずでしたが、お母さまが、わるものの ざんげんで てんのうの おそばに いられなくなったので、一休さんも お母さまとも わかれて 京のみやこの かたほとりに、うばと ふたりで すむことに なったのです。
お母さまも 京のみやこに すんでいましたが、一休さんは うまれたばかりで お母さまと わかれわかれに なったので、お母さまの あることさえ しりませんでした。
それで みんな お父さまも お母さまも あるのに、じぶんだけ うばと ふたりきりなのは どうしてだろうと、いつも かなしく おもって いたのでした。
それが こじきのおやこの むつまじい ありさまを みて、きゅうに むねが こみあげてきたのでした。
一休さんが、あんまり かなしそうに お母さまの ことを きくので、うばも、
「いっそ お母さまが おなじ 京のみやこに いることを はなして、お母さまに おあわせして あげようか。」
と、おもいましたが、また おもい なおして、
「いやいや、それはいけない。」と、そっと なみだを ぬぐって、
「千菊さま、坊っちゃまにも お母さまが あります。けれども、いまは とおいとおい ところに いらっしゃるので、とても あえません。」と、いいました。
「まろにも お母さまがあるの!」
はじめて お母さまの ことを きいた 一休さんは、きらきらと めを かがやかして、きっと うばの かおを みあげると、
「ばあや、まろは どんな とおい ところにも いく。お母さまに あわして ください。」と、ねだりました。
「とても、千菊さまの いけるところでは ありません。」
うばも こまって しまいました。そして、
「千菊さまが これから うんと がくもんして、えらい人に なったら、きっと お母さまが あいにきて くださります。」と、その日は、やっと なだめて かえりました。
雪のあさ
こういう わけですから、うばも 一休さんを りっぱな 人に そだてたいと とても しんぱいしました。
一休さんは 子どもの ときから 一をきいて 十をしる、と いうほど りこうな 子でしたが、また 大へんな いたずらっ子でした。
それが うばの しんぱいの たねでした。
ある 春の日の ことでした。
京のみやこに めずらしく 大ゆきが ふりました。
いたずらッ子の 千菊丸は 大よろこびです。まるで 犬ころの ように はだしで にわに かけだしたり、ゆきを なげつけたり、まどを やぶくやら、ろうかを ゆきだらけに するやら 大あばれです。
うばが みるに みかねて、
「千菊さま、そんなに いたずらを する 子は、りっぱな 人に なれません。」
と、たしなめて、
「そんなひまが あったら ちと べんきょうなさい。むかし、すがわらのみちざね と いう えらいかたは、七つのとき りっぱな うたを おつくりに なりました。千菊さまも、おうたでも おつくりなさい。」
「うたを つくるより、雪なげの ほうが、おもしろいわい。」
「いけません。大きくなって、ごてんに あがっても、うたが つくれないようでは はじを かきます。」
それをきくと、一休さんは きゅうに まじめに なって、
「ばあや、その みちざねの つくった うたは、どんな うた だい。」
と、ききました。
「うるわしき べにの いろなる うめのはな
わこが かおにも つけべかりけり
と、いうのです。うめの花を みて おうたいに なったのです。」
うばが いうと、一休さんは、ちょいと、おどけた かおをして、
「そんな うたなら、いくらでも つくれらあ。」
「まあ、千菊さまに できますかしら。」
「できるよ。ばあや、おどろくな。」
一休さんは、これは どうだい、といいながら、
ふる雪が おしろいならば 手にといて
おくろの かおに つけべかりける
と、すらすら、と、うたいました。
「まあ!」と、うばは びっくりしました。
すがわらのみちざねの つくったうたの、いみは こうです。
むかし きゅうちゅうに いる、わかい人は、おとこでも うすく おしろいや ほおべにを つけていました。
わこ と いうのは わたし と いうことです。みちざねは赤い、うめの花を みて、あの うつくしい うめの花の いろを わたしの かおに つけたい と うたったのです。
それで、一休さんの うたですが、おくろ と いうのは うばの ことで、この うばの かおは くろいので、みんなが うばのことを「おくろさん、おくろさん。」と、よんでいました。
それで 一休さんは、白い ゆきを うばの くろい かおに つけてやろうと、ふざけたのでした。
「まあ、ひどい。」
うばは、あきれてしまいましたが、この あたまの よさには、すっかり かんしんしてしまって、
「千菊さまは、きっと えらくなります。」と、大よろこびでした。
六つの ひな僧
一休さんは、六つのとき いなり山の きたに ある あんこくじと いう おてらに はいって、ぼうさんに なることに なりました。
これは おかあさまの いよのつぼねの かげながらの とりはからい でした。
と いうのは、そのころは くにが みだれていて、さむらいや きゅうてい の ひとたちも おたがいに ねたみあい うたぐりあって いましたが、一休さんの お母さまは、もし じぶんを ざんげんして、きゅうていを おいはらった ひとたちが、一休さんを ねらって、ころして しまったりするかも しれないと しんぱい したからです。
けれども ごこまつてんのうの おん子として うまれた 一休さんを なんとかして、えらくしたいと おもいました。
そのころ、えらくなるには さむらいに なるか、おぼうさんに なるかしか、なかったのです。
それで、お母さまは 一休さんを さむらいに して、ころしたり ころされたり するよりは おぼうさんに しよう、と うばにも はなして、一休さんを あんこくじの ひなそうに したのでした。
あんこくじの ひなそうに なった 一休さんは、しゅうけんと いう なまえを もらって、まいあさ おしょうさまから おきょうを ならいましたが、りこうなので すぐおぼえます。
ことに その とんちの いいことは、大人も したを まく ばかりでした。
あんこくじには、七つ 八つ ぐらいの こぞうが 十にんばかりも いました。一休さんは そのなかで いちばん としした でしたが、いちばん りこうで、とんちが ありました。
つぎに、一休さんの とんちばなしを しましょう。
みずあめと どくやく
ある日の ことです。小ぞうたちが みんなで ひたいを あつめて ひそひそばなしを していました。
「おしょうさまが わたしたちに かくれて、まいにち こっそり 水あめを なめて いるよ。」
「みずあめ――あまいだろうなあ。なめたいなあ。」
「どこに あるの。」
「おしょうさまの いまの とだなの うえに、ほら、かべつちいろの かめが あるだろう。あの なかに あるんだよ。」
「ほんとに みたのかい。」
「ほんとさ。」と いって、目を くるくる まわして みせたのが、てつばいと いう、いたずら小ぞうです。てつばいは いかにも てがらがおに、
「わたしが ゆうべ しょうじの かみに あなを あけて、おしょうさまの みずあめを なめて いるのを、そっと のぞいて みたんだもの。」
「ふーん。」と、小ぞうたちは したなめずりを しました。すると てつばいは、
「おしょうさまだけ なめるなんて ずるいや。わたしらにも すこし なめさせて もらおうではないか。」
と、いいだしました。
「そう しよう、そう しよう。」
みんな さんせいです。
「だれか いって おしょうさまに たのんで こいよ。」
「おこられるよ。いやだよ。」
みんな しりごみ します。
「しゅうけん、おまえ いってこいよ。」
てつばいは、いちばん とししたの 一休さんに おしつけようと しました。
「それが いい、それが いい。しゅうけん いってこいよ。」
みんな そう いいます。
「うん そうか。それでは ちょっと いって きいてくる。」
いたずらっ子でも とんちが あっても、まだ むじゃきな 一休さんは、すぐ たちあがって、おしょうさまの へやに でかけていきました。
おしょうさまは ぼんやり にわを ながめていました。
「おしょうさま。」
と、一休さんが しきいの そとに 手を つきました。
「なんじゃ。」
と、おしょうさまが 一休さんを ふりかえりました。
「おしょうさま、みずあめを なめさせて ください。」
「なんじゃと。」
「たなの うえの かべつちいろの つぼの なかにある みずあめを、すこしずつで いいですから わたしたちに なめさせて ください。」
おしょうさまは びっくりして、まじまじと 一休さんを みつめました。
「たれが そんな ことを いった。」
「みたものが あります。おしょうさま、大人の おしょうさま ばかり なめて、子どもの わたしたちに なめさせない なんて、おしょうさま ずるいや。」
「うん、そうか。ゆうべ しょうじに あなを あけたのは おまえじゃな。」
「わたしでは ありませんが、たしかに おしょうさまが みずあめを なめているのを みたものが あります。」
「うん、そうか。」
おしょうさまは 一つ、こらしめて やろうと おもって、
「みんなを ここに よんでこい。」と、いいました。
そんな こととは おもいも よらない 一休さんは、さっそく みんなの ところに もどってきて、
「おーい、みんな、こいよ。おしょうさまが みずあめを くださるぞっ!」と、大ごえに さけびました。
「そうか。くださるか。」
「みんな いこう。」
小ぞうたちは 大よろこびで、おしょうさまの へやに とんでいきました。
ずらり おしょうさまの まえに ならんだ 小ぞうたちを、じろり みわたした おしょうさんは、
「みんなに いって おくことがある。よく きいておけ。」と、おごそかに いいました。
これは へんだぞ……小ぞうたちは かおを みあわせまた。おしょうさまは いいました。
「じつは この かめの なかにある みずあめの ような ものは、ほんとうは、みずあめでは なくて、てんじくから とうらいした ちゅうふうの くすりじゃ。」
てんじくは いまの インドです。ぶっきょうの わたってきた ところです。この くすりは ぶっきょうと いっしょに にっぽんに わたって きたのでしょう。
「あれッ!」と、みんな目を ぱちくり させました。
「いいか。あれは ちゅうふうの くすりじゃ。ちゅうふうという びょうきは 子どもには かからぬ、わしの ような ろうじんにだけ ある びょうきじゃ。いいか、よく きけ。あの くすりは、ろうじんの ちゅうふうには よく きくが、子どもが なめたら いのちが なくなる。まちがっても あの くすりを なめたりするでは ないぞ。」
「へんな ことに なった もんだなあ。」
「わかったか――わかったな。」
「はい。」
「わかったら、でて いって よろしい。」
へんだなあ と、おもいながら みんな はんぶん べそを かいて、おしょうさまの へやを でて いきました。
死ぬ つもりで!
なかでも いちばん へんだなア、と おもったのが、いちばん りこうな 一休さんでした。
つぎの日 おしょうさまは、どこかの ほうじに でていって、るすでした。
「よし、この あいだに あの かめの なかの ものが みずあめか どくか、ためしてみよう。」
いたずらものの 一休さんは したなめずりを して おしょうさまの へやに しのびこんで いきました。
さっそく たなの まえに たちましたが、あいにく たなが たかくて、子どもの 一休さんには てが とどきません。一休さんは そばに あった ちゃだんすを ひきずってきて、どっこいしょ、と そのうえに のると、かめに りょうてを かけ、そろそろと ひきおろそうと しました。
が、かめが おもいものですから つるりと てが すべって、あッ と おもう まも あらばこそ、かめは どしーんと、一休さんの ぼうずあたまの うえに おちました。
「しまったッ!」
そう さけんだ 一休さんは、かめと いっしょに すってんころりと ちゃだんすの うえから ころげおちました。
その ひょうしに、一休さんは あたまから、どろどろと みずあめを かぶって しまいました。が、一休さんは みずあめの なかに つかりながら、ぺろぺろと みずあめを なめています。
「あまい あまい。」
やっぱり ちゅうふうの くすりだなんて うそだ。くすりなら にがい はずだ! 一休さんは むちゅうです。
が、はらいっぱい みずあめを なめてから、一休さんは、「これは しまった ことをした。」と、あおく なりました。
一休さんは そっと なめて、しらないふりを しているつもりだったのに、こんなに ありたけ こぼして しまっては、おしょうさんに わかって 大めだまを くうに きまっている! 一休さんは 大あわてに あわてて こぼれた みずあめを ふきとりましたが、とても 子どもの ちからでは ふききれません。
そればかりではなく、ふと みると、そばには おしょうさまの たいせつに している おちゃのみぢゃわんが こなごなに こわれて いるのでした。
すると うんの わるいときには しかたの ないもので、そこに ガラリと へやの しょうじが あいて、おしょうさまが かえってきました。
「わっ!」
一休さんが あめだらけの あたまを かかえると、これを みた おしょうさまは、
「しゅうけん、なに しとるのじゃ。」と、大ごえで しかりました。
「は、はい、はい。」
一休さんは 目を しろくろ させています。
「なにを しとると いうのじゃ。」
一休さんは わーんと なきだして しまいました。なきながら 一休さんの あたまには、一つの とんちが おもい うかびました。
「おしょうさま、おしょうさま。わたしは おしょうさまのだいじな だいじな おちゃわんを こわして しまいました。それが かなしくて わたしは 死んで おわびしようと おもって、こんなに たくさん おしょうさまの くすりを いただきましたが、ちっとも しねません。」
そう いうと、一休さんは りょうてで かおを おおって、まえよりも はげしく わんわん なきだしました。
「なに、ちゃわんを わったと……。」
「そうです。おしょうさまの おるすの あいだに おへやを そうじして おこうと おもって、おちゃわんを わりました。おしょうさま、ああ、わたしは しにたい、しにたい。」
一休さんは そう いいながら、また こぼれた みずあめを ぺろぺろと なめました。
おしょうさまは あきれかえって、一休さんを みつめていました。そんなことは うそに きまっています。
「うそじゃ。」
と、おしょうさまは しかりました。
「ちがいます。うそでは ありません。」
「そうか。」
じっと かんがえこんだ おしょうさまは、とつぜん あっはっはっは……と、わらいだして しまいました。そして、いいました。
「しゅうけん、わしが わるかった。これは わしが おまえたちを だました、ほとけの ばちと いう ものじゃ。」
それを きくと、こんどは 一休さんが おしょうさまの まえに りょうてを ついて、
「おしょうさま、わたしが わるうございました。わたしは うそを つきました。」
と、あやまりました。
「いいや、しゅうけん。はじめに うそを ついたのは わしじゃ。わるいのは この わしじゃ。」
「いいえ、わたしが わるうございました。」
「いや、わるいのは わしじゃ。」
一休さんと おしょうさまは こんどは おたがいに じぶんが わるい、と いいっこです。
「わかった、わかった。」
おしょうさまが、とうとう まけて しまいました。そして、一休さんに、
「しゅうけん、おまえの とんちには おどろいた。これからは わるいことを するなよ。わるいと きづいて さっそく あやまったのは、いい こころがけだ。」と、やさしく いいきかせました。
かたわれの 月
なにしろ 子どもですから、一休さんは たべものと なると、むちゅうに なることが あります。
そのとしの としの くれの ことでした。
くれの ことなので、おしょうさまは 今日は 小ぞうたちを みんな つれて たくはつに でかけました。
「しゅうけん、今日は おまえが るすばんだ。きを つけて おるすを するんだよ。」
おしょうさまは 一休さんに るすばんを いいつけました。
すると、おしょうさまたちが でかけて だいぶ たってからの ことです。
「ごめん ください。ごめん ください。」
と、おしょうさまの おへやの ほうで ひとの こえがしました。
「おや、さっそく おきゃくさまだな。」
たった ひとり、あとに のこされて ぼんやり していた 一休さんは、さっそく とびだして いきました。
「今日は、おしょうさんは るすかな。」
うらぐちに たって いるのは、あんこくじの だんかの もとべえさんでした。
おいものとんやの もとべえさんは、かずおおい だんかの なかでも いちばん この おてらに よくして くれる だんかです。今日も たくさんの おもちを ついて、でっちの ちょうまつに せおわせて きたのでした。まるい まるい まんげつの ように まるい かがみもちです。
「これは これは、もとべえさんですか。あいにく、おしょうさまは たくはつに でかけて おるすです。」
一休さんが ていねいに いうと、もとべえさんは、
「それは かまいません。今日は としの くれで、おもちを ついたので、もって きました。どうぞ、おしょうさまが おかえりに なりましたら、ほとけさまに あげてください と いって ください。」
と、いって、でっちの ちょうまつに せおわせてきた たくさんの おもちを おいて いきました。
「うまそうだなア。」
つつみを といて、一休さんが ちょっと さわってみると、おもちは まだ ほっかりと あたたかくて、まるで ごむまりの ように ぷかぷか していました。
一休さんは ごくん と、つばを のみこみました。むちゅうで、一つの おもちに かじりつきました。
「うまいなア。」
一休さんが おもわず にっこりした ときです。がたがたと おもてに ひとの あしおとがして、おしょうさまたちが かえってきました。
「あっ、たいへんだ。」
一休さんは あわてて おもちを のみくだそうとします。が、あんまり たくさん、いっぺんに おもちを くちの なかに いれたので、なかなか のみくだすことが できません。
一休さんが 目を しろくろ させて いると、さきに きた あにでしが、
「しゅうけん、また いたずらを したな。おしょうさまに みつかると 大めだまだぞ。」
と、一休さんの せなかを たたいてやりました。
「うわあ、くるしい。」
一休さんが やっと おもちを のみくだした ときでした。あとから はいってきた おしょうさまは この ようすを みて くすくす わらいながら、一休さんの まえに、かけた かがみもちを だして、
「しゅうけん、しゅうけん、十五やの 月は まんまるなのに これは どうしたことだ。」
と、なぞを かけました。
すると 一休さんは、にこりとして、
「くもに かくれて ここに はんぶん。」
と、こたえながら じぶんの はらを ゆびさしました。
これは 一つの うたになります。
十五やの 月は まんまる なるものを
くもがくれして ここに はんぶん
おしょうさまのは かみの く、一休さんの は、しものくです。
おしょうさんは、この 一休さんの とんちに すっかり かんしんして しまって、
「しゅうけん、でかした でかした。」
と、手を たたいて 一休さんを ほめ、
「さあ、おもちを たくさん あげるから、みんなで たべなさい。」
と、たくさんの おもちを くれました。
「しゅうけん、うまく やったな。また たのむぞ。」
あにでしたちも 大よろこびで、おもちに、ぱくつきました。
皮もんどう
あんこくじの おぼうさんに なって 二三ねん たった ときでした。
はたやじくさい という ひとが、まいばんの ように あそびに きて、おしょうさまと おそくまで はなしあったり、ごや しょうぎを していきました。
このひとは ながさきで うまれたのですが、お父さんは オランダ人でした。いまで いえば アイノコです。その お父さんが、オランダに かえる とき、にしきを おる ほうほうを おしえて いきました。じくさいは きょうとに きて はたやを ひらいて、大へん はんじょうしました。
これが、いまでも なだかい にしじんおりの もとです。
「あれ、じくさいの やつ、また きたよ。」
ある夜、あにでしの てつばいが げんかんの ほうを みながら、そう いいました。
「ほんとだ。こんやも また おそくまで いるんだろうな。あいつが くると、わしらが いつまでも ねられなくて よわるよ。」
小ぞうたちは おゃきくさまの いるうちは ねるわけに いかないので、じくさいが くると、みんな いやがるのでした。
「なんとかして あの じくさいめが、こない ように する くふうは ないものかなあ。」
小ぞうたちは みんなで こんな そうだんを はじめました。
一休さんも これは どうかんです。ついと、みんなの まえに すすみでると、
「わたしが じくさいさんの こなくなる まじないを しましょう。」
と、いいだしました。
「ほんとに そんなことが できるかい。へんな ことを すると、また おしょうさまから 大めだまだよ。」
あにでしたちは しんぱいそうです。
「だいじょうぶです。もし しくじったら、みんな わたしが つみを きます。」
一休さんは とても じしんが ありそうです。
「それじゃ、たのむよ。うまく やってくれよ。」
よくじつの ゆうがたの ことです。一休さんは、もう じくさいさんが やってくるころだな、と おもいながら、はんしを 五まいも つぎたして、すみ くろぐろと、大きな じで、
皮を きたるもの てらの なかに はいるべからず
と、かいて、げんかんに はりつけました。
まもなく、せかせかと げたの おとを させながら、じくさいさんが やってきました。
アイノコの じくさいさんは いつでも、けものの かわで つくった どうぎを きているのです。
「どうするかな、じくさいさん。」
一休さんや 小ぞうたちは しょうじの かげに かおを あつめて、じっと じくさいさんの ようすを のぞいていました。
おしょうさまと なかよしの じくさいさんは、いつでも あんないも こわず、ずかずかと げんかんを はいってきます。
ふと みると、げんかんに なにか かいてあります。
「おや、なんだろう。」
じくさいさんは、たちどまって、じっと、はりがみを ながめて いましたが、すぐ ハハハ……と 大ごえで わらって、
「ははは……小ぞうども、わしが いつも よる おそくまで いるもんだから、こんな いたずらを しおったな。」
と いうと、そのまま おくに はいろうと します。
そのとき いきなり 一休さんが とびだしました。
「この はりがみが みえないのですか、じくさいさん。」
「ははあ、これは しゅうけんぼうずかい。はりがみは よみましたよ。」
じくさいさんは、にやにや わらって います。
「よんだなら、なぜ はいってきた。」
「小ぞうさん、どうして かわを きたものが はいって いけないのかね。」
「おてらに けだものの かわを きて くると けがれます。これは ほとけさまの おしえです。かえって ください。」
「はっはっは……小ぞうさん、あんたは、りこうものだと ききましたが、やっぱり まぬけですね。」
「どこが まぬけです。」
「では、ききますが、てらにも じこくを しらせる たいこが ありましょう。たいこは けだものの かわを はって あるでしょう。わたしも けものの かわを きて いますから、たいこの ように、ずっと おくまで とおりますよ。はい、ごめんなさい。」
じくさいさんは そう いうと、ちらと 一休さんを からかうような わらいを みせて、おくに いこうとしました。
すると 一休さんは、なにを おもったか、ちょこちょこと じくさいさんに さきまわりして、ほんどうから たいこの ぱちを もって くると、いきなり じくさいさんの はげあたまを ぽかぽかと たたきました。
「これ、なにを する、小ぞうさん。」
じくさいさんは、一休さんを にらみつけて おこりました。が、一休さんは すましたもので、
「じくさいさんは、たいこの ように おくに とおると いったでは ありませんか。たいこと おなじなら いくら たたかれても、もんくは ないでしょう。」
と、いって、また ポカリ。
「まいった。」
すると じくさいさんは きゅうに あともどりすると、ぬいであった げたを つかんで、はだしで にげていきました。
「うまい、うまい、しゅうけん――ああ、むねが すーッと した。」
あにでしたちは 手を たたいて 大よろこびです。
この はし わたるな
つぎの 日、じくさいさんの おつかいが おしょうさまに てがみを もって きました。ひらいて みると、
「ゆうがた、ごちそう したいから、しゅうけんさんを つれて あそびに きてください。」と、かいて あります。
おしょうさまは、にこにこ わらいながら、一休さんを よんで、
「しゅうけん、じくさいさんが、こんな てがみを よこしたよ。きっと きのうの かたきうちを するつもりだよ。」
と、いいました。
「ははあ、じくさいさん よっぽど くやしかったと みえますね、おしょうさま。」
一休さんも にこにこ しています。
ゆうがた 一休さんは おしょうさまに つれられて、じくさいさんの いえに でかけました。
じくさいさんの いえは 大きな おやしきで、やしきの まえに おがわが ながれ、そのかわに はしが かかっていました。
おしょうさまと 一休さんが そのはしを わたろうとすると、どうでしょう、つぎのような たてふだが たっていました。
この はし わたるな
「おやおや、やっぱりだね、しゅうけん。」
おしょうさまは そう いって うしろの 一休さんを ふりかえりました。
「つまんないこと かいてありますね。」
しかし、一休さんは おどろきません。
「おしょうさま、まんなかを わたって いきましょう。」
「だって、はしを わたっては いけない、と かいてあるでは ないか。」
「だから、まんなかを わたるのです、おしょうさま。この たてふだには、わざと はしを かんじで かかないで、はしと かなで かいて あります。これが なぞを とく かぎですよ、おしょうさま。」
一休さんは そう いうと、すたすたと はしの まんなかを わたっていきます。
じくさいさんは いえの まえまで でて、一休さんが どうするだろう、と ながめていました。
すると 一休さんと おしょうさまが、へいきな かおで はしを わたって きたので、
「しゅうけんさん、おまえさんは あの たてふだが みえなかったのかね。」
と、いいました。
「いいえ。わたしは このとおり 二つの めが ちゃんと そろって いますから、たてふだは よく みてきました。」
「なに、みてきた。――では、なぜ はしを わたってきましたか。」
「いいえ。はしの ほうを わたっては いけないと かいて ありましたから、まんなかを わたって きました。じくさいさん、この はしは はしの ほうが くさって いるんですか。そうでしたら、あぶないから はやく なおしておいて ください。」
一休さんが すました かおで いうので、じくさいさんは、また、
「まいった。」
と、おもわず ひたいを たたいて、おしょうさまに、
「しゅうけんさんの とんちには、おとなの わたしも とても かないません。」と いって、したを まいてしまいましたが、すぐ おもいかえして、
「でも、しゅうけんさん、こんどは まけませんよ。しゅうけんさんとの とんちきょうそうは これからですよ。」
と、いいながら にこにこして、おしょうさまと 一休さんを ざしきに あんないしました。
さて、じくさいさんは どんな、なんもんを ようい しているのでしょう?
したから うえに さがるもの
りっぱな へやに たくさんの ごちそうが はこばれてきました。
くいしんぼうの 一休さんは ごくごくと のどを ならして、
「どれから さきに たべようかな。」
と、おぜんの うえを にらんでいました。
すると じくさいさんは、ゆうゆうと おちつきはらって、
「さて、しゅうけんさん、わたしが これから なんもんを だしますから、りっぱに こたえてください。もし、しゅうけんさんが わたしの なんもんに こたえられなかったら、今日の ごちそうは おあずけにします。」
と、いじの わるいことを いいだしました。
一休さんは くやしそうに じろりと じくさいさんの かおを にらみつけましたが、ぐっと がまんして、
「さっきの かたきうちですか。だめですよ じくさいさん、おやめに なった ほうが よいでしょう。」
やせがまんを いいます。
「なあに、こんどこそ しゅうけんさんを ぎゅう というめに あわしますよ。」
じくさいさんは、そう いって おいて、
「しゅうけんさん、したから うえに さがるものは なあに……。」
と、いって、
「さあ、しゅうけんさん、ごちそうばかり ながめて いないで はやく こたえて ください。」
「ははあ、そんなこと わけも ありません。」
一休さんは にこりと して、すらすらと、つぎの ような うたを よみました。
ふじだなの みずに うつりし ふじの はな
したより うえに さがるなりけり
「はい どうです、じくさいさん。では、いただきますよ。」
一休さんは うたいおわると さっそく ごちそうを ぱくつきました。
「えらい、えらい。やっぱり わたしは しゅうけんさんに かないません。さあ、たくさん、めしあがってください。」
じくさいさんは 大よろこびで いいました。
こんなふうに まけても かっても こだわらないで よろこんで いるのが、ぜんしゅうと いう しゅうしの えらい ところです。
びょうぶの とら
そのころは、ぶっきょうの なかでも ぜんしゅうが とても さかんでした。
ぜんしゅうを しんこうする ひとたちは、もんどうが 大すきでした。
それで、一休さんの とんちは たちまち 大ひょうばんに なって、
「あんこくじの しゅうけん という 小ぼうずは 大へんに とんちが すぐれて いるそうだ。」
と、いう うわさが、ぱっと 京の まちじゅうに ひろがりました。
そして、そのことが いつか しょうぐんけにも きこえました。
ときの しょうぐんは あしかが 三だいしょうぐんの よしみつ公です。一休さんの はなしを きいた よしみつ公は、
「ほほう、それは おもしろい。では 一つ その しゅうけんと いう 小ぞうを よんで、ごちそう して やろうでは ないか。」
と、いって、つぎの日 さっそく あんこくじに つかいを よこして、
「あす 小ぞうの しゅうけんを つれて きんかくじに きなさい。」
と、いいました。
よしみつ公は そのころ あたまを そって ぶつもんにはいり、天山と いいましたが、きんかくじを たて、そこに すんで いたのでした。
むかしは ぶしが としを とると、おてらを たてて ぼうずに なり、いんきょ することが はやったものです。
しょうぐんさまから まねかれる ことは 大へんな めいよですから、おしょうさまは さっそく しゅうけんを つれて きんかくじに いきました。
ふたりは すぐ りっぱな 大ひろまに とおされました。
上だんの まんなかに よしみつ公が すわっています。その みぎと ひだりには、えらい さむらいたちが ずらりと ならんでいます。おしょうさまは しずかに 手をついて、
「おめしにより、しゅうけんを つれ さんじょう いたしました。」と、いいました。
「おお ごくろうじゃった。」
よしみつ公は おしょうさまの うしろで あたまを さげている 一休さんを じろりと ながめ、
「くるしゅうない。あたまを あげい。」
「はい。」
一休さんは あたまを あげて、あからがおの ずんぐり ふとった よしみつ公を じっと みあげました。
すると よしみつ公は とつぜん 一休さんに いいました。
「しゅうけん、おまえは なかなか とんちの よい 小ぞうじゃと きくが、どうじゃ、おまえの よこに ある その びょうぶに かいて ある トラは、まるで いきて いるようじゃろう。」
「はい。おおせの とおりで ございます。」
「ところが、そのトラが まいばん そのびょうぶから ぬけだして、いたずらを するので ほとほと こまるのじゃ。ついては そのほう ただちに そのトラを しばって わしの もとに つれてまいれ。」
よしみつ公は なんもんを だしました。
おしょうさま はじめ そこに いる人は、みんな あっけに とられて、一休さんが この なんもんに どう こたえるか じっと みつめていました。
ところが 一休さんは へいきのへいざで、にこにこ わらいながら、
「はい、しょうち いたしました。」と、さらりと こたえました。
これには こんどは なんもんを だした よしみつ公のほうが、あっけに とられました。
「ただちに めしとるのじゃぞ。」
「はい、わけが ありません。」
一休さんは よしみつ公に かるく あたまを さげると、びょうぶの まえに たって いき、ころもの したから 手ぬぐいを だして きりきりと はちまきをし、いかにも トラを つかまえそうな かっこうをして、
「しょうぐんさま、おなわを おかしください。」
「おお、たれか しうゅけんに なわを かしてやれ。」
けらいは すぐ なわを もって きて、一休さんに わたしました。
どうするのだろう? 一休さんは ほんきで えに かいた トラを なわで しばる つもりでしょうか。
いならぶ 人たちも 手に あせを にぎり、じっと 一休さんの ようすを ながめています。
が、一休さんは へいきで じっと びょうぶの なかのトラを にらんで いましたが、ふと よしみつ公の ほうを むいて、
「よういは できました。すぐ しばりますから、どうぞ たれかに この トラを びょうぶの なかから おいださしてください。」
と、いいました。
「う、う、うむ……なんと、その トラを おいだせと もうすか。」
よしみつ公は おもわず うなりました。
「はい、おいだして くだされば しゅうけん ただちに しばります。はやく ごけらいに いいつけて おいだしてください。」
「う、う、うむ。」
よしみつ公は 大きな 目だまを ぎろりと むきだして いつまでも うなっています。
これは はっきりと よしみつ公の まけです。そう おもった よしみつ公は、すぐ、
「いや、あっぱれじゃ。いかにも そちの とんち みあげた ものじゃ。」
と、ひざを たたいて 一休さんの とんちに かんしんし、
「それ、ものども しゅうけんに ごちそうを だしてやれ。」と、けらいに いいつけました。
おしょうさまと 一休さんの まえには 山もりどっさりの ごちそうが たくさん はこばれてきました。一休さんは にこにこ 大よろこびで ごちそうに ぱくつきました。
さかなと にくと おさけと かたな
が、よしみつ公は も一つ 一休さんの とんちを ためして みようと おもって いたのでした。
ぜんしゅうでは さかな にく からいもの、おさけ などを たべたり のんだり することを きんじています。そういう ものを てらの なかに もってくる ことさえ きんじていました。
ところが、いま 一休さんの 目の まえに はこばれた ごちそうには、さかなも にくも ありました。
おしょうさまは ごく したしいところでは さかなも にくも たべますが、いまは しょうぐんさまの まえなので たべようか たべまいか ためらっていましたが、一休さんと きたら そんなこと へいちゃらで、手あたりしだい むしゃむしゃ たべました。
すると よしみつ公が いいました。
「こりゃ、しゅうけん、おいしいか。」
「はい、わたくしは くいしんぼうですから、おいしくて たまりません。」
「ほう。では、一つ きくが、しゅっけは にくや さかなを たべても いいのかな。わしは、しゅっけは なまぐさものは たべないものだ、と きいていたが……。」
「はッ!」
と、いって 一休さんは しばらく かんがえこみました。それから にこりとして、
「しょうぐんさまも たべて おいでですね。」
「おお。わしは さむらいじゃ。にくも さかなも たべる。」
「でも、しょうぐんさまも あたまを ぼうずに して いらっしゃいますね。」
「そうだ。わしも ぶつもんに はいったのじゃ。」
「そうすると やはり ぼうさんの なかまいりを したのでしょう。」
「その とおりじゃ。」
「おなじ ぼうさんなら しょうぐんさまも さかなや にくを たべては いけないのでは ないでしょうか。」
「うむ、うむ……わしは しかし ほんとうの ぼうさんではない。」
「なまぐさぼうず ですか。なまぐさぼうずなら いたしかた ありません。」
一休さんは ぎゅうっと まず よしみつ公を とっちめました。すると よしみつ公は、
「すると おまえも なまぐさぼうずかな。」
と、ぎゃくしゅう して きました。
「いいえ、ちがいます。」
「へいきで なまぐさを たべる ところを みると、なまぐさぼうず だろう。」
「いいえ、わたしのは ちがいます。」
「どう ちごう。」
「にんげんの のどには、しょくどうと きどうと ございます。」
「ほう、二つ あるか。」
「このみちは、とうかいどうと かまくらかいどう みたいな ものです。」
しょくどうは たべものを たべるみち、きどうは くうきを すったり はいたり するみち――みなさんは、のどに 二ほんの くだなど ないことは ちゃんと しっているでしょう。しかし これは とんちもんどうですから、また べつです。
「ほう。」
よしみつ公は 一休め なにを いいだすか、と にこにこしています。
「かいどうならば、もちやも とおれば、さかなやも とおります。とうふやも にくやも とおります。」
「かいどうなら とおるじゃろうな。」
「はい。それで、わたしの かいどうを ただいま さかなやと にくやと とうふやが とおった わけで、けっして にくや さかなが ひとりで とおった わけでは ございません。」
「ははあ、小ぞう うまく にげたな。」
よしみつ公は おもわず にっこりと しましたが、すぐ ぎゅっと 一休さんを にらみつけて、ぐっと そばの かたなを 一休さんに つきつけると、
「これ しゅうけん、かいどうならば ぶしも とおるであろう。すみやかに この ぶしを とおしてみよ。」
さあ 大なんだいです。かたなを とおしたら、しんで しまいます。が、一休さんは へいきで、
「いや、むやみ やたらには おとおし できません。」
「なぜじゃ。」
「おそれながら もうしあげます。ただいまは よのなかも しずかでは ありますが、まだまだ かたなを さした とうぞくも おれば、しょうぐんさまに 手むかい しようと ねらっている ものも あるかも しれません。さかなやや にくやや とうふやは そんな わるい ことを しませんが、かたなを さした ぶしは、いちいち しらべないと とおす ことは できません。」
一休さんは まんまと いいのがれて しまいました。ことに よしみつ公に 手むかいするものが あるかも しれない。それを しらべないで とおす わけには いかない、と いったのが、とても よしみつ公の おきにいったので、よしみつ公は、
「しゅうけん、でかしたッ!」
と、大よろこびで、
「しゅうけん、これからも よくよく がくもん して りっぱな そうりょに なれよ。それ、しゅうけんに ほうびを とらせよ。」
と、けらいに めいじて たくさんの ごほうびを しゅうけんに あたえました。
ほんとうの ぼうさん
しかし 一休さんは こんな とんちもんどう ばかりして いたのではありません。
おしょうさまに ついて ねっしんに がくもんに はげんで いました。それで、一休さんは ほんとうの にんげんの みち、ほんとうの ぼうさんの みち、と いうものも だんだん わかって いきました。
あるときの ことでした。
一休さんが おしょうさまの おつかいで まちを とおりますと、
「もしもし、あなたは あんこくじの 小ぞうさんでは ございませんか。」
と、ひとり みしらぬ おばあさんが 一休さんを よびとめました。
「はい、そうです。あんこくじの しゅうけんです。なにか ごようでしょうか。」
一休さんが おどろいて たちどまると、おばあさんは 一休さんを おがむように して、
「やっぱり ほとけさまの おみちびきです。」と、いいます。
が、一休さんは なんの ことか わかりません。
「どうしたのですか、おばあさん。」
「はい、はい。じつは けさ はやく おじいさんが なくなったのです。どうぞ いんどうを わたして いただけないでしょうか。もしも おねがいが できれば、ほとけも うかばれます。」
「でも、おばあさん、それでしたら あなたの だんなでらに おねがい したら よくは ありませんか。」
「それが だめなので ございます。わたしの いえは おじいさんの ながわずらいで、一もんの おかねもありません。けさ おてらに いんどうを わたして ください とたのみに いきましたら、おてらさんでは、わたしが おふせを だせないことを しっていて、きて くれません。どうぞ おねがいします。」
おばあさんは かなしそうに なみだを ながして ぴたりと じべたに すわり、一休さんに 手をあわせて たのみました。
「そうですか。」
一休さんは ぐっと むねが あつく なりました。おばあさんが かわいそうなのと、それよりも おふせが だせないからと いって、おきょうも あげてやらない その てらの ぼうさんに たいする いきどおり のためでした。
ぶっきょうの もとを ひらかれた おしゃかさまは おうじの みぶんを すてて、山に はいり、こじきのような くらしを しながら、だれにでも おんなじに おきょうを よんで くれました。
ところが そのころの ぼうさんの なかには おかねもちや、えらいひとにばかり こびへつらって、たくさんの おかねを もらい、ぜいたくを することばかり かんがえている ぼうさんが たくさん いました。
そんなことは ぼうさんと しては、いちばん わるいことです。ほんとうの ぼうさんの みちを みっちりと こころの なかに いれている 一休さんは、はらわたが にえかえるほど いやな きもちになりました。
「ああ、なげかわしい ことだな。」
そう おもうと、
「そうですか。それは こまりましょう。それでは わたしが おきょうを よんで あげましょう。」
と、いって、一休さんは すぐ おばあさんと いっしょに おばあさんの いえに いきました。
なるほど、おばあさんの いえは ひどい いえでした。やねも かべも くずれかかり、ちょっとの かぜにも ふっとんで しまいそうな きたない いえです。
「さあ おばあさん、おきょうを よんで あげましょう。」
一休さんは ねんごろに おきょうを あげてやりました。おばあさんは、
「あなたは いきぼとけさまだ。」
と、いって よろこびました。
口と 手
さて また 一休さんの とんちばなしに、うつりましょう。
ある日の ことです。おしょうさまが、一休さんを よんで、
「しゅうけん、ほんどうの おとうみょうを けして きなさい。」
と、いいつけました。
「はい。」
一休さんは すたすたと、ほんどうに いって、ふっ ふと、おとうみょうを ふきけしました。
すると、これを みていた おしょうさまが、また、
「しゅうけん、しゅうけん、ちょっと おいで。」と、よびました。
「はい、なんで ございますか。」
一休さんが おしょうさまの まえに くると、おしょうさまは、
「しゅうけん、いま おまえは なにで おとうみょうを けした?」と、ききました。
「はい、口で ふきけしました。」
「それは、いけません。口は いろいろな ものを たべるところです。口の なかは きたなく なっています。その口で、おとうみょうを ふきけしては、ほとけの ばちが あたります。おまえも もう、まるまるの 子どもでは、ありません。そのくらいの ことは おぼえて おきなさい。」
「…………」
はい、と こたえるかと おもいのほか、一休さんは いかにも わからない という かおつきで、
「では、おしょうさま、おきょうも 口で よんでは なりませぬか?」
「なぜじゃ。」
「ただいまの おはなしですと、口は きたないから おとうみょうを ふきけしては いけないと おっしゃいましたが、その きたない 口で、とうとい おきょうを よんでは、なおさら ほとけの ばちが あたりは しないか、と しんぱいです。」
「うむ、なるほど……。」
おしょうさまも、これには へんじの しようが ありません。
しかし、これは けっして へりくつでは ありません。どんな ことも こういう ぐあいにして、わるいところが あらためられて いくのです。
でるか はいるか
ひさしぶりで、じくさいさんから てがみが きました。
「なかなか あつい日が つづきます。こんなときは、とんちもんどう でもして あつさを しのぐに かぎります。どうぞ、おししょうさまと いっしょに あそびに きてください。そのかわり、ごちそうは たくさん ようい しておきます。」
「おしょうさま、じくさいさんから こんな てがみが きましたよ。」
一休さんは おしょうさまの へやに とんで いきました。
「ほう、よしよし。それでは さっそく でかけるとしよう。」
一休さんと おしょうさまは そろって じくさいさんのいえに でかけました。
こんどは、はしの たてふだも ありません。
「じくさいさん、今日は どんな なんもんを よういしているかな。」
どこから なにが とびだすかも わかりません。一休さんは ようじん おさおさ おこたりなく、いえに はいりました。
が、今日の じくさいさんは、とても きげんが よくて、なかなか なんもんを だしません。
そのうち めしつかいたちが どんどん おいしい ごちそうを はこびました。
と、ひとりの めしつかいが、いま へやを でて いこうと して、しきいを またいだ ときです。
「これこれ、ちょっと まちなさい。」
と、じくさいさんが その めしつかいを よびとめました。
「はい。」と いって、めしつかいは しきいを またいだまま たちどまりました。
すると じくさいさんは 一休さんに むかって、
「しゅうけんさん、あの めしつかいは、へやを でますか、それとも もどって きますか?」
と、ききました。
ははん、きたなと おもった 一休さんは、ぽんぽんと 手を たたいて、
「じくさいさん、いま なった 手は みぎですか、ひだりですか?」
と、いいました。
「はははあ……。」
じくさいさんは なにも いわないで わらっています。
これで、もんどうは じくさいさんの まけです。
みなさん わかりますか。
手を たたいて なった ほうは みぎと こたえても、ひだりと こたえても、りょうほうです、と こたえても いいでしょう。
ですから、みぎ、と こたえれば、ひだりです、と いうかも しれません。
じくさいさんの よびとめた めしつかいも、一休さんが、
「でる。」
と、こたえれば、もどって くる つもりです。
「もどる。」
と、こたえれば、でていく つもりです。
へんじの しようが ありません。へんじの しようが ないでは ないか、と いうことを、一休さんは 手を たたいて こたえたのです。
とりの もんどう
この もんどうだけで ごちそうが おわりました。
三にんで えんがわに でて にわを ながめて いると、ひとりの こどもが ちょこちょこと めの まえに でてきました。
その こどもは みぎてに 小とりを いちわ にぎって いました。それを みた じくさいさんは、そしらぬ ふりで、一休さんに はなしかけました。
「しゅうけんさん、あの 子どもの 手に にぎられている 小とりは、しんで いますか、いきて いますか?」
一休さんは にこにこして、すーっと たちあがりました。そして、さっき じくさいさんの めしつかいが したように へやの さかいの しきいを またいで、
「じくさいさん、わたしは へやを でますか、もどりますか?」
と、いいました。
それをみた じくさいさんは、わらいながら、
「わたしの まけです。」
と、いって おじぎを しました。
これも さっきの もんどうと おんなじことで、一休さんが 子どもの 手に にぎられた 小とりを、
「いきて いる。」
と、いえば、にぎりころす つもり、
「しんで いる。」
と、いえば、
「ほれ、この とおり いきて いる。」
と、いきた まま だして みせる つもりに ちがいないのです。
十三ねん目
一休さんは いつか 十八さいに なっていました。すると ある日、おしょうさまが 一休さんを よんで、
「しゅうけん、おまえも いつの 間にか 十八に なりましたね。」
と、しんみりと いいました。
「ええ、おかげさまで いつか 十八に なりました。おししょうさまの もとに まいりましたのは、六つの ときで ございますから、いつの まにか 十三ねん たちました。まるで ゆめの ようです。」
と、一休さんも しんみりしました。おしょうさまは、
「ついては しゅうけん、おまえに おりいって 話したいことが あるのだがね。」
「はい、なんでしょうか?」
「じつは ね、しゅうけん、わしは もう おまえに おしえる ことが、なんにも なくなったのだ。わしの もっている がくもんは、みんな のこらず おまえに おしえつくして しまったのじゃ。このうえは たれか わしより えらい かたに おまえを おたのみして、おまえに もっと もっと がくもんを ふかめて もらいたいのじゃ。」
「はい。」
「十三ねんも いっしょに いた おまえと、いまさら わかれるのは わしも つらい ことじゃが、おまえの がくもんの ためには これも いたしかた ないことじゃ。」
「はい。」
「ついては、ここに さいごんじの おしょうに てがみが かいてある。さいごんじの おしょうは てんかに かくれない がくもんの ふかい おしょうじゃ。この てがみをもって、これから すぐ さいごんじに いきなさい。さいごんじの おしょうには もう よく 話してある。」
「はい、おししょうさま、ありがとうございます。」
一休さんは その日 さっそく さいごんじに いきました。
さいごんじの おしょうさまは、あんこくじの おしょうさまの そえてがみを みて、一休さんを へやに とおすと、
「しゅうけんと いう 小ぞうは おまえか?」
と、どなりつける ように いいました。
「はい、しゅうけんと もうします。よろしく おねがい いたします。」
「おまえは 大へん けんか こうろん、とんちもんどうが すきだそうだが、ほんとか?」
「いや、おしょうさま、わたしは けんかも こうろんも すきでは ありません。」
「なに、すきでない。それじゃあ おんなみたいに よわむしか?」
「でも ありません。」
「では、けんか こうろんは すきじゃろ?」
「ほんとは すきですが、しない ことにして おります。」
さいごんじの おしょうさまは、じょうひんで きだてのやさしい、まえの あんこくじの おしょうさまとは まるで はんたいで、かみなりの ような 大ごえで がみがみいう ひとでした。一休さんを じろりと みおろして、
「おまえを でしに するまえに、一つ きいておこう。」
と、もんどうを はじめました。
あたまは 石
「おまえは いま けんか こうろんは せぬ、と いったな。」
「はい、もうしました。」
「では、ひとに つばや たんを はきかけられても、けんかを せぬか。」
「はい、おしぬぐって じっと だまり、おこらない しゅぎょうを したいと おもいます。」
「ほう、それでよい。それが おまえに、ほんとうに できるか?」
「はい、できます。できる ように しゅぎょう いたします。」
「そうだ。こちらが ただしいのに、つばや たんを はきかける ような やつは、いわば、ハエみたいなものじゃ。にんげんでは ない。そんな やつを あいてに けんか こうろん すれば、こちらが ばかに なる。」
「はい。」
「では、あいてが ぽかりと あたまを なぐって きたら、どうする。」
「がまん します。」
「いや、ただ がまんする だけでは いけない。そんな やつには、いくらでも なぐらせて やるがいい。わけの わからん やつがなぐった ときは、じぶんの あたまを あたまと おもうな。石だと おもえ。」
「石だと おもうのですか?」
一休さんは、にがい くすりを のんだような かおをしました。
「そうじゃ。わしの あたまは 石じゃ。おまえの 手は さぞ いたかったろうと あいてを ながめ、あいてを あわれんで やるのじゃ。」
「はい。」
こんどの さいごんじの おしょうさまは、こんなふうに てっていした こころを もっており、そのころ がくもんも おこないも、天下一だと いわれていた えらい ぼうさんでした。おしょうさまは、
「おまえは なかなか できている。どうじゃ、わしの ところで しんぼう できそうか。」
「いたします。」
「それでは 今日から そうじゅん と 名前を かえろ。」
一休さんは こうして、その日から さいごんじの 小ぞうに なりました。
米がない
「そうじゅん、さっそくだが でしいりと きまったら、めしを たいて もらおう。」
でしいりが きまると、おしょうさまは さっそく しごとを いいつけました。
「はい。こめびつは どこに ありますか?」
「だいどころに ある はずじゃ。」
だいどころに いって みると、こめびつは あるが、こめびつの なかには おこめが 一つぶも ありません。
「おしょうさま、おこめが ありません。」
「ないなら、どこからか さがして こい。」
大へんな ことに なったものです。
こんどの おしょうさまは がくもんや、がくもんを かんがえる じかんが おしくて、たくはつに でて、おこめを もらうのも わすれて いるのでした。三日も、四日も ごはんを たべないで、じっと がくもんを して いることが ありました。
今日も あさから なんにも たべないで、みずばかり のんで いたのです。
そのときは 一休さんが すぐ きんじょの いえに いって、おこめを もらって、おしょうさまに ごはんを たいて あげましたが、そんな ぐあい ですから、がくもんでは 京のみやこで いちばんだ と いわれる さいごんじの おしょうさまも ころもは ぼろぼろ、みちを あるくときは みぞの わきで ひろった 竹のぼうを つえに ついて あるくので、みちで あそんでいる 子どもたちは、
「やーい、こじきぼうず。」と、はやしたてる ほどでした。
おてらの なかも ぼろぼろ――それでも、おしょうさまの おへやには 本が 山のように つまれて いました。
つぎの日、おしょうさまは、一休さんを へやに つれていって、
「そうじゅん、これを よめ。」
と、かべに はってある かみを ゆびさしました。
そこには むそうこくし と いう えらい ぼうさんのかいた、ぼうさんの わけかたが はって ありました。
上とうの ぼうず――もうれつに しゅぎょうして、ほんとうの ぼうずの みちに たっした ぼうず。
中とうの ぼうず――しゅぎょうが ふつうで、ものわかりの いい ぼうず。
下とうの ぼうず――おてらの しきたりだけを まもって いる ぼうず。
この 下とうの ぼうずが 二つに わかれて いました。
一、本は たくさん よんでも、うたなどばかり つくって ほとけの おしえを わすれた ぼうず。これは あたまを そった ただの人。
二、ごちそうばかり ほしがって、かってなことを しているぼうず。
「せけんには 下とうの二の ぼうず ばかり おおいですね、おしょうさま。」
それを よんで 一休さんが いいました。
「そうだよ。十にんの うちの 八にんまでは 下とうの 二だ。」
「あんこくじの おしょうさまは どのくらいでしょう。」
あんこくじは まえの おてらです。
「そうだね。まず、中とう かね。」
「よしみつ公は 下とうの 二ですね。」
「まだ、下とうの 二にも いかないよ。」
「おしょうさまは どのくらい ですか?」
「おれか。おれは 上とうに はいりかけて いる ところだ。おまえも ぼうずに なったからには、上とうの上に ならなくては いけないよ。」
「はい!」
かたい けっしん
一休さんは さいごんじで 四ねんかん。みっちり しゅぎょう しました。
さすがの おしょうさまも、もう 一休さんに おしえることが なくなってしまいました。
「そうじゅんは いくつに なったな。」
ある日、おしょうさまが いいました。
「二十一さいに なりました。」
「もう、ひとりだち しても いい ころだな。わしは もうおまえに なにも おしえる ことが なくなったよ。」
「おししょうさまの ごおんは けっして わすれません。」
ひとりだちして どこかの じゅうしょくに なれ、と すすめられましたが、一休さんは、
「いいえ、もっと がくもん します。」
と、いって、しばらく さいごんじに とどまっていました。
すると、そのとしの 十二がつに、おしょうさまが ぽっくり なくなりました。みんなが、
「そうじゅんさん、おしょうさまの あとを ついで、さいごんじの じゅうしょくに なって ください。」
と、たのみました。が、もっと もっと べんきょうしたい 一休さんは、
「わたしは まだまだ しゅぎょうが たりません。とても あの がくもんの ふかい おしょうさまの あとを つぐことなどは できません。」
と、いって、さいごんじを でていきました。
わかれを つげて
まだ お母さまが じょうぶで、京都の はずれに すんでいました。さいごんじを でた 一休さんは、ひさしぶりに 母の もとを たずねていきました。
「お母さま、わたしは びわこの ほとりに しゅぎょうに いきます。しばらく おわかれに まいりました。」
「びわこの どこに いく つもりじゃ。」
「かそうさまの おでしに して いただきたいと おもいます。」
かそう という ぼうさんは むらさき野の 大とくじ という りっぱな おてらの じゅうしょく でしたが、そのころの だらくした ぼうさんばかり いる 京都を のがれ、びわこの かただの ほとりに、みすぼらしい いおりを たてて、そこで ふかい しゅぎょうを している、よにも まれな とくの たかい ぼうさんでした。
「それは けっこうです。でも おまえは どなたかの てがみを いただいて いますか?」
お母さまは たずねました。
「いいえ。」
「それでは むずかしいのじゃないか。かそうさまは めったに でしを とらぬと もうします。」
「でしに してくださらなければ、いおりの まえに ざぜんを くんで、しんでも うごかぬ かくごです。」
「そうですか。それほどの けっしんが あるなら、かそうさまも きっと でしに してくださるでしょう。」
それから 三日めの ことです。一休さんは、かそうさんの いおりを たずね、でしに してください、と たのみましたが、でしの 一人に、あっさりと ことわられ、かそうさんには あうことも できませんでした。
その夜の ことです。月あかりの したで ひとりの としよりの りょうしが、びわこで あみを かけていますと、なにか とても おもいものが あみに かかりました。
あみを ひきあげて みると、おもいのも そのはず、わかい ぼうさんの したいでした。
かそうおしょうに もんぜんばらいを くった 一休さんが、かなしみの あまり、びわこに みを なげたのでした。
まだ しんぞうの こどうが ありました。
しんせつな りょうしは 一休さんを いえに つれてきて かいほうして くれたので、一休さんは いきかえりました。
「どうして みなげなど したのです。」
じいさんと ばあさんが ききました。
一休さんが わけを はなしますと、じいさんと ばあさんは、
「それでは しばらく わたしの いえに とまっていて、ねっしんに たのみなさい。」と、いってくれました。
「ああ、わたしは かそうさまの ゆるしを うけるまでは、いおりの まえで しぬまで ざぜんを くむ つもりだったのに、こんな ことでは とても だめだ。」
一休さんは そう おもいかえして、それからも なんども なんども かそうさんの いおりを たずねましたが、そのたびに おいかえされました。
雪の あさ
としも あけて 一月七日の あさでした。
よるから ふりだした ゆきは、あたり いちめん まっしろに しています。
一休さんは あさから びわこの ほとりに でて、
「どうぞ かそうさまが でしに してくださるように。」
と、ねがいながら ざぜんを くんで いました。
すると、ひょっと きが つくと、目の まえに、まゆの ながい としおいた おしょうさんが たっていて、じっと うつくしい みずうみの けしきを ながめて いました。
「あッ! かそうさまだ。」
一休さんは、おもわず そう さけんで、おしょうさまの まえに 手をつき、
「どうぞ わたしを でしに してください。」
と、たのみました。
「おまえは そうじゅんと いったな。」
かそうさんは いいました。そうじゅんが いのちがでけで でしに してくれと たのんで いることを しって いました。
「びわこに みを なげた そうじゃな。」そんな ことまで ちゃんと しって いました。
「はい。」
「京で しゅぎょう したと いうが、だれの もとで まなんだ。」
「さいごんじの おしょうさまに 四ねんかん まなびました。」
「そうか。さいごんじの おしょうに ついたか。さいごんじの おしょうも おしいことを したな。」
「はい。」
「さいごんじの おしょうも がんこ だったが、わしは もっと がんこじゃ。おまえは うわさに きいておろう。」
「はい、ぞんじて おります。」
「しんぼう できるか?」
「どんな しんぼうでも いたします。」
「そうか。ゆきの なかは さむい。それでは、いおりの なかに はいろう。」
「はッ! ありがとう ございます。」
こうして、一休さんは やっと かそうさんの でしに して もらうことが できました。
からすの こえ
一休さんは 五ねんあまり、この かそうさんの もとで しゅぎょうして いました。
そのあいだに こんな ことが ありました。
いつか、一休さんを たすけてくれた あの としよりの りょうしは そのあとも 一休さんの めんどうを みていて くれましたが、ある 月あかりの うつくしい 夜の ことでした。
一休さんが、その りょうしの 舟に のせてもらって びわこの うえで ざぜんを くんで いますと、そらの どこかで からすの なきごえが しました。
「あッ!」
ざぜんを くんで いる 一休の しずかな こころの そこに、その からすの こえが しみわたって きました。
「ああ、わしは なんと いけない こころを もって いたのだろう。」
一休さんは、きゅうに こころの 目が あいたように さとりを ひらきました。
どんな さとりを ひらいたのでしょうか。
一休さんは、これまで うつくしい ころもを きて、ごちそうを たべ、ほとけの みちに はずれた おこないをしている ぼうさんたちを、おこったり けいべつ したりしていました。
すみとおった びわこの うえで、なんの こだわりもない からすの なきごえを きいた ひょうしに、一休さんは「ああ、それは いけない ことだ。」と、おもいあたったのです。
ひとの わるい ところを みて、ぶつぶつ いったり、けいべつしたり することは、いけない ことだ。そんな ことに きを かけず、じぶんさえ ほんとうの みちを あるいて おれば よい。そして、じぶんが ほんとうの みちを あるくことで、ほかの ひとが かんしんして、ひとりでに ほんとうの みちを あるくように なってくれるのが、ほんとうの ほとけの みちだ。
一休さんは そう さとったのでした。
これは、ほとけの みち だけではなく、にんげん みんなの ほんとうの みちでしょう。
一休と いう なまえ
また ある日の ことでした。
一休さんが やはり あの としよりの りょうしの 舟に のせてもらって、うつくしく すんだ びわこの うえで、がくもんの ことを かんがえて いました。
すると、どこからとも なく、うつくしい かなしい うたごえが ながれて きました。
ふと みると、みずうみの ほとりで、ひとりの こじきが びわを ひいて、うたを うたって いるのでした。
うたの きょくは、うつくしい しなの まいこが、王さまに しりぞけられたのを かなしんで、あまさんに なる、と いう、あわれな うたでした。
一休さんは その きょくを きいて、ひとの うんめいの かなしさに うたれ、しみじみと かんげき しました。
一休さんは ふねから あがると、さっそく そのことを おしょうさまの かそうさんに はなしました。
すると、おしょうさまは だまって へやに ひっこむと、一休 と かいた 大きな 字を、一休さんに わたしてくれました。
それまで そうじゅん と いっていた 一休さんは それから 名を 一休 と あらため、それを いっしょう かえなかったと いわれます。
たびに でる
こうして、一休さんは かそうさんの もとで、いろいろだいじな べんきょうを しましたが、五ねん目の あるよの ことです。
あんなに きびしい おしょうさまが、その夜は にこにこして、
「一休、おまえは わしの もとにきて 五ねん あまりになるな。」
と、はなしかけました。
「はい、ゆめの ように すぎました。」
「わしは おまえに わしの がくもんの すべてを おしえた。また おまえの こころは どんなに わるい ぼうずと まじわっても、もはや けっして けがれる ことの ない、ふかい ところに たっした。もう おまえは この いおりを そつぎょうして いいぞ。」
「はい。みな おしょうさまの ごおんで ございます。」
「ついては、おまえに さしょうを あたえたい。」
さしょうと いうのは、いまの そつぎょうしょうしょと おなじものです。わしの もとで 五ねんあまり こっくべんれいして、ぶっきょうの おうぎに たっしたと いう しるしです。
かそうさまの さしょうは、どんな りっぱな てらの じゅうしょくにも なれる 高い ねうちの あるものです。
が、一休さんは いいました。
「おしょうさま、ありがとうございます。でも、わたしは ごじたい いたします。」
「いらぬか?」
おしょうさまは やさしく いいました。
「はい……。」
「一休よ。おまえは わしの あとを ついで、大とくじの じゅうしょくに なって もらわねばならぬ。それには この さしょうが いるのじゃ。」
かそうさまは 一休さんを じぶんの あとつぎにして、むらさき野の 大とくじの じゅうしょくに しようと して いたのでした。
「はい。おしょうさまの おなさけに そむくようで こころが いたみますが、わたしは てらの じゅうしょくには なりたく ございません。てらの じゅうしょくに なれば、いろいろ わずらわしい 人とも、また えらい人とも つきあわねば なりません。そう すると わたしの こころは けがれます。それよりも わたしは いっしょう ひとの みちを さぐり、ほとけの みちを たずねる きゅうどうしゃと して おくりたいと おもいます。」
かそうさまは それを きくと、
「そうか。一休、よく いった。わしも そのみちを あゆみたいと おもった くらいじゃ。一休よ、おもう みちを あるくが よい。」
と、いって、一休さんを はげまして くれました。
ある日、一休さんは おしょうさまの ゆるしを えて どこへとも しれぬ たびに でました。
てんぐの どうじょう
たびに でた 一休さんは、いつか えちぜんのくにの たけう と いう町を あるいて いました。
えちぜんの くには、いまの ふくいけん です。
このまちに ありた はやと という けんじゅつの せんせいが いて、大きな どうじょうを かまえて いました。
一休さんは、まちの ひとから、この けんじゅつの せんせいは、うでは りっぱだが、こころが わるく、いつも うでを はなに かけては、まちの ひとに めいわくを かけ、まちの ひとから はなつまみに されて いると いうことを ききました。
一休さんは ひょっこりと その どうじょうの まえを とおりかかりました。
「ああ、ここが うわさにきく てんぐの どうじょうか。」
一休さんが そう つぶやいたとき、どうじょうの まどから くびを だした ひとりの もんじんが、ふしぎそうに 一休さんの すがたを ながめました。
たびに でた 一休さんは いつも 木刀を こしに さし、尺八を ふいて いたと いうことです。もんじんは 木刀を こしに さした こじきぼうずを、ふしぎに おもったのです。
その もんじんが一休さんの ひとりごとを、ききつけて、
「おい、ぼうず、てんぐの どうじょうとは なんだ。」
と、さけんだので、ほかの もんじんも たくさん まどぎわに あつまってきて、
「なんだ、なんだ。」
と、さわぎだしました。
「あの ぼうずが へんな ことを いいやがったんだよ。」
「けしからん ぼうずだな。」
一休さんは たちどまって、にこにこ もんじんたちを ながめて いましたが、なにを おもったか、ずかずかと どうじょうの げんかんに はいって いって、
「たのもう。」
と、こえを かけました。すると 目つきの わるい もんじんが でてきて、
「これは たびの ぼうさん、どちらから おいでか?」
「うん、あちらから きた。」
「いや、うまれた ところは どこかと きいているのだ。」
「ははは、ききかたが まちがって いる。ぼうずには うまれた 土地が ないものじゃ。むりに いえば てんじくからか。」
もんじんは むっとしました。
「ここは きよき どうじょうじゃ。こじきぼうずなどの くる ところではない。なにか ほしければ だいどころに まわれ。」
「なるほど。」
一休さんは くるりと むきを かえて、どうじょうの かってぐちに まわりました。そして 大ごえで いいました。
「この どうじょうは、よこぐるまを おしては まちの ひとを くるしめ、大もうけを して いるそうじゃから、かねもちだろう。わしは はらが へった。ごちそうを たのむ。」
ほかの もんじんが でてきましたが、一休さん ずうずうしく どなって いるので、かんかんに おこって、
「せっかくだが、ここは ぶげいの どうじょうだ。こじきぼうずに めぐむ ものなど ない。はらが へったら めしやに いけ。」
「なにか ほしかったら、かってぐちに まわれと いったぞ。」
この さわぎを ききつけて おくにいた せんせいが、
「なんじゃ、そうぞうしい。」
「せんせい、こじきぼうずが めしを くわせろ、と いっています。せんせいの ことを てんぐと いっています。」
「だいどころに とおして、めしを くわしてやれ。」
もんじんは せんせいが そう いうので、
「ぼうさん、こちらに きて ください。」
「それは かたじけない。」
一休さんは わらじを ぬいで、どんどん どうじょうにはいり、かみざに ある せんせいの ざぶとんに、どっかと あぐらをかいて、
「ちょっと ことわって おくが、わしは まずいものは きらいじゃ。たんと おいしいものを もって まいれ。」
「ぼうさん、そこは ちがいます。だいどころに きて ください。」
「いや、ここの ほうが よい。」
もんじんは また せんせいの へやに きて、
「せんせい、こじきぼうずが せんせいの ざぶとんに すわって、いばって います。」
「そうか。」
なにか わけが ありそうだと おもったらしく、せんせいが どうじょうに でてきて、
「これこれ、どうじょうには どうじょうの れいぎがある。かってなことを しては いかん。」
「もんくを いう まえに ごちそうを たのむ。」
どうじょうの せんせいも おこって しまいました。
「あまり かってな ことを すると、すてては おかんぞ。」
「どう なさろうと いうのじゃ。」
せんせいは ふと 一休さんの さしている 木刀を みて、
「おや、ぼうさんは けんじゅつを なさるか?」
「いや、いたさぬ。」
「では、その木刀は なんの ために おもちじゃ。」
「よのなかの にせものに みせる ためじゃ。」
「にせもの?」
「そう。よのなかには この 木刀の ような にせものが たくさんいる。こうして こしに さして いると、かたなのように みえるが、木刀は かたなの にせものじゃ。」
「わしを にせものだと いうのか?」
「おまえも そう おもうだろう。」
「くそぼうずッ!」
と、せんせいは まっかに なって おこりました。いきなり そこに あった 木刀を とりあげると、やっと ばかりに ふりあげ、
「ぼうず、もいちど いってみろ。ただでは おかぬぞ。」
が、一休さんは へいぜんと しています。
「にせもの、どこからでも うって こい。」
もんじんたちは、ああ、かわいそうに、この こじきぼうず あたまを たたきわられるだろう、と じっと みつめています。
が、ふしぎな ことに じっと 一休さんを にらんで、木刀を ふりあげて いる せんせいの てが、ぶるぶると ふるえだし、ひたいから、じわじわ あぶらあせが ながれだして きました。
「なぜ うたぬ。」
一休さんは はらの そこから いいました。すると、さすがは うでの ある ぶげいしゃです。じぶんの わるいことを さとったか、がらりと 木刀を すてて、
「うたれるのは わたしで ございます。」と いうと、ぴたりと 一休さんの まえに りょうてを つきました。
「ぼうさま、あなたは かねがね れんにょ上人から うけたまわって おります 一休さまでは ござりませぬか?」
「ほう、そなたは れんにょの しんじゃか?」
「はい、この あたりの ものは、みな れんにょ上人の しんじゃに ござります。」
れんにょ上人は そのころ 名の きこえた えらい ぼうさんでした。この たけうの まちから 十りばかり はなれた、しばたこの ほとりの よしざき と いう まちに 大きな おてらを たて、この あたりの ひとたちから、いきぼとけと いわれて いました。
れんにょは 一休さんより 二十二さいも わかいのですが、一休さんとは なかよしでした。
「そうか、れんにょの しんじゃなのに、きさまが はなつまみもの とは、わけが わからぬ。」
「もうしわけ ありません。」
「うでを みがくだけでは だめじゃ。こころを みがけ。」
「はい、目が さめました。」
ありた はやとは もんじんたちに いいつけて 一休さんに たくさん ごちそうを だし、
「一休さま、おねがいが ござります。」
「なんじゃな。」
「この どうじょうの どの 木刀でも よろしゅうございますから、一休さまの 木刀と とりかえて いただきとう ございます。」
「こんな ものを なんに いたす。」
「ぶつぜんに かざって、まいにち おがみ、こころを みがきます。」
「そうか。それは よい こころがけじゃ。」
一休さんは、ごちそうを たべ、木刀を ありた はやとにあたえると、また どこともなく でていきました。
かさ もんどう
一休さんが かんとうの ほうへ むかって たびを つづけて いる ときの ことでした。
「下にい――下にい。」
と いう やかましい かけごえが きこえて、うしろから だいみょうぎょうれつが やってきました。
「ああ、うるさいものが やってきたな。」
一休さんは、まつなみきの そばの いしの うえに こしかけて、ひとやすみ しました。
すると、一休さんの まえを とおりすぎようと した とのさまが、かごの なかから、一休さんの ようすを みて けらいの ものに いいました。
「これこれ、あの おぼうさんは、この あついのに かさも もたずに おきのどくな ようす、たれか かさを 一つ おぼうさんに あたえよ。」
「はっ。」
かしこまった けらいの ひとりが、さっそく かさを もって 一休さんの ところに とんで きました。
「おぼうさん、とのさまの おおせで、かさを もって まいりました。この あついのに、かさなしでは さだめし おあついことで ございましょう。どうぞ この かさを かぶってください。」
すると、一休さんは さだめし よろこぶだろうと おもいの ほか、
「それは まことに かたじけないが、わしは うまれおちるとから、あおぞらを かさに かぶっているから、せっかくの おことばだが おかえし いたします。とのさまに よろしく もうして ください。」
と、手を ふって、えんりょもなく ことわって しまいました。
けらいの ものは あきれかえって しばらく ぼんやりと 一休さんの かおを みつめて いましたが、いらないと いうのですから、むりにとも いえないので、
「なんと、がんこな ぼうずだろう。」と、おもいながら、とのさまの ところに かえって、そのことを はなしました。
とのさまは しぶいかおをして けらいの いうことを きいて いましたが、やがて にこりとして、
「あおぞらが かさか。なるほど おもしろい ことを いう ぼうさんだな。そんなことを ずけずけ いう ぼうさんなら、きっと ただの ぼうさんでは あるまい。そそうの ないように いたせ。」
と、けらいを いましめて、そのまま いきすぎて しまいました。
ゆうがたに なって、とのさまが やどやに とまると、一休さんは いつ ぎょうれつを ぬいた ものか、もう ちゃんと その やどやに とまって いました。
「おやおや、あおぞらを かさに かぶって あるく、と いった あの ぼうさん、いつ わしの かごを とおりぬけたものか、もう ちゃんと とまって いるぞ。」
とのさまも びっくり しましたが、どうも あの ぼうさん おもしろそうだ、一つ よんで みようと、けらいにいいつけて、
「これこれ、あの ぼうさんを おまねきしてこい。」
と、いいつけました。
「はい、これは ありがたい。」
一休さんは すぐ しょうちして のこのこと とのさまの へやに はいろうと しました。すると、とつぜん へやの なかから とのさまが、
「おぼうさん、しばらく おまちを ねがいたい。」
と、こえを かけました。
「なんじゃ。」
「おぼうさん、たとえ おぼうさんとは いえ、ひとの ざしきに はいるのに、かさを かぶったままとは、ちと しつれいでござろう。かさを とって おはいりください。」
もちろん 一休さんは かさなど かぶって いません。しかし、さっき みちばたで、あおぞらを かさに かぶっている、と いったのですから まだ かさを かぶって いることに なります。
それを とのさまは もんどうにして いったのでした。
が、一休さんは そんな ことでは へこたれません。
「いや、いわれるまでもなく かさを とって はいりたいのは やまやまだが、なにぶんにも わしの かさは、あまり 大きすぎるので ぬいでも おくところが ない。しつれいとは おもうが このままに する。」
なるほど、あおぞらでは とっても おくところが ないだろう。とのさまは これを きくと、
「おぼうさんは 一休さんで ござろう。」
と、いいました。
「ははあ、ばけの かわが はげたか。」
一休さんは おもしろそうに わらって います。
とのさまは、一休さんに たくさんの ごちそうを だして、いろいろ はなしを ききましたが、そのなかに こんな はなしが ありました。
「一休さん、よのなかには ゆうれいと いうものが いるでしょうか。わたしは はなしには きいて いますが、まだ みたことが ありません。ゆうれいは ほんとに いるのでしょうか?」
と、とのさまが ききました。
「ははは……よく きかれる ことじゃが、わしは とちゅうに ぶらぶら、と こたえることに して いる。」
「とちゅうに ぶらぶら とは、どう いう ことですか。」
「それがな、ゆうれいと いう やつは、ひとの こころの もちかたで、でたり でなかったりする。だから、でると いえば でる。でないと いえば、でない。つまり とちゅうで ぶらぶら……」
正月の しゃれこうべ
あるとしの 正月の がんじつの ことでした。
一休さんは、しゃれこうべを たけの さおに つきさして、京の 町を あるきまわりました。町の ひとは、
「いやな ぼうずだな。」
「この おめでたい お正月に、しゃれこうべを もちあるく なんて、なんて ぼうずだろう。」
と、大さわぎを しました。
そのうち 一休さんは 四じょう むろ町の 京都いちばんの 大がねもち ぜにきゅうの いえに あらわれました。
元日の ことですから、しゅじんの きゅうべえは いえの ものを みんな あつめて、とそを いわい、おぞうにを たべていました。
すると そこに、しゃれこうべを もった うすぎたないぼうずがあらわれたのですから、きゅうべえは びっくりして、
「やい、この きちがいぼうずめ。」と、おこりました。すると 一休さんは、おきょうでも よむような ふしを つけて、
かどまつは めいどの たびの 一りづか
めでたくも あり めでたくも なし
と、うたい、つづけて、
正月の ぎしきは 死ぬる ことはじめ
どんどは 火そう 二十日 ほねあげ
と、うたって、目を ぱちくりしている きゅうべえを しりめに、さっさと どこかへ いって しまいました。
なんと いっても、お正月は めでたい ときです。その めでたい ときに、一休さんは どうして そんなことをして、ひとを いやがらせたのでしょう。
それは、こういう わけでした。
そのころ 京都の まちは 大へん ぜいたくに なっていました。それ ばかりでなく、かねかしとか、よくないものが はびこって、たかい りしを とっては ひとびとを くるしめて いました。
一休さんは それを いましめようと したのでした。
ことに ぜにや きゅうべえは、かねかしの なかでも いちばん たちの わるい やつで、きゅうべえから かねを かりた ひとは、みな くるしんで いました。それで、一休さんは きゅうべえの いえには わざわざ たちよって、しゃれこうべを つきつけ、
「おまえは、かね かねと いって、びんぼうにんから たかい りしを まきあげ、じぶんだけ ぜいたくをして ひとを くるしめて へいきで いるが、おまえが いくら かねを ためても、しんで しまえば、この しゃれこうべと おんなじに なるのだよ。かねは あのよに もって いかれない。ちと こころを あらためなさい。」
と、いましめようと したのでした。
とのさまの そうしき
一休さんが、大ぶ としとってからの なかの よい ともだちに、にながわ しんざえもん と いう人が ありました。
しんざえもんは 一休さんの えらさに かんしんして、わざわざ じしゃぶぎょう と いう たかい やくめを やめ、一休さんの しんじゃに なった ひとでした。
一休さんと しんざえもんさんが いろいろな はなしを していると、ひとりの ぶしが 一休さんの いおりを たずねて きて、
「わたしは うえむら ないき と いうものの けらいですが、このたび とのさまが しにました。その ゆいごんに わしが しんだら ぜひ 一休さんに いんどうを わたして もらえ、と ありました。どうぞ ぜひ、ほとけさまに いんどうを わたして ください。」
と、たのみました。一休さんは、すぐ、
「しょうちした。」
と、こたえましたが、すぐ あとから、
「けれど、わしは おともが おおいぞ。それに、わしの ともは、ひとりに ついて、ぜに 一かんずつ もうしうける ことに なって いる。それを しょうち して くださるか?」
と、つけたしました。
「はい、かしこまりました。それでは よろしく おねがいいたします。」
と、いって けらいは かえりました。
それを そばで きいていた にながわ しんざえもんは ふしぎそうにして、一休さんに いいました。
「あなたは よくの ないかただと おもって いましたが、あんがい よくが ふかいのですね。」
「まあ、いいよ。しんざえもん、みておれ。」
一休さんは ただ にこにこと わらって、しんざえもんの ことばを ききながして いましたが、すぐ、
「さあ、しんざえもん、おまえにも ぜに 一かん もらって やるぞ。ついて こい。」
と いって、たちあがりました。
しんざえもんさんも、ははあ これは なにか わけが あるな、と きづきましたから、だまって 一休さんに ついて いきました。
五じょうの はしを わたって、むこうの かわらに でると、一休さんは、一つの こじきの こやに たちよりました。
「もくさん もくさん、ちょいと たのみじゃ。ぜに もうけじゃ。」
一休さんは ここの こじきと しりあいと みえて、そう よびました。
こじきの もくさんが でて きました。一休さんは、
「なん百にんでも いいから、おまえの しって いる こじきを みんな あつめて くれ。」
「なんですか、一休さん。」
「うえむら ないきの そうしきじゃ。」
一休さんは わけを はなして、
「あれは かねもちだから、うんと かねを もらって やるのだ。」
「それは おもしろいですね。では、さっそく あつめましょう。」
こじきの もくさんは、そこらじゅうの こじきを よびあつめ、京都じゅうの こじきを みな かりあつめました。
かぞえて みると 三百五十五にん あつまりました。
「さあ、それでは たのむ。」
一休さんは 三百五十五にんの こじきを ぞろぞろ つれて、とのさまの やしきに のりこみました。
いくら ともが おおいと いっても、三百五十五にんも くるとは おもいも かけなかった とのさまの やしきでは、びっくりして しまいましたが、かずを きめて やくそくしたわけでは ありませんから、しぶしぶ、三百五十五にんの こじきに、ぜに 一かんずつを はらいました。
一休さんは おかしさを かくして、しずかに いんどうを わたしました。
じひも せず、あくじも なさず しぬ ものは、ほとけも ほめず えんまも とがめず。
しんだ とのさまは ただ かねを ためるのが たのしみで、じひの こころを もたないで ゆうめいでした。そんな ひとの かねなら、こじきに やった ほうが いいと、一休さんは こういう ことを したのですが、つづけて こう いいました。
だいみょうも こじきも おなじ 月は月、水、火、風の うつけもの奴らッ!
にんげんは とのさまも こじきも おなじ にんげんだ、と いったのです。そう いった 一休さんの 目には なみだが あふれて いました。
たった 一日だけの ようし
しょうぐんや ぶしや えらいひとに こび へつらうことの きらいな 一休さんは、いつも まずしいものの みかたでした。
いつも 一休さんと したしく して いる、みえいどうという おうぎやの ろうじんふうふが、ある日 とつぜん 一休さんを たずねてきて、
「一休さん、ながく おつきあい いただきましたが、このたび わけあって みせを やめ、くにに かえる ことになりました。」
と、いいました。
「ほう、おかねが たまったので、くにに かえって しずかに くらす つもりかい。」
一休さんは そう いいましたが、けっして そうでは ないことを しって いました。ろうじんふうふは、目に なみだを ため、
「とんでも ございません。しゃっきんが たまって、みせを やって いけなくなりました。」
「それは きのどくじゃ。しゃっきんは どの くらいか?」
「百りょうで ございます。みせを うると、その百りょうが かえせます。」
「ほう、百りょうかな。」
一休さんは、じっと かんがえこみましたが、ぽんと ひざを うって、
「いい ことが ある。どうじゃな みえいどうさん、わしを おまえさんがたの ようしに して くださらんか。二人が いなかに かえっても いちもんなしでは こまるじゃろう。わたしが その しゃっきんを かえして あげよう。」
「と、とんでもない。あなたさまの ような かたを わたしどもの ような ものの ようしだ なんて。」
ろうじんふうふは びっくりして しまいました。一休さんは わらって、
「まあ、わたしに まかして おきなさい。」
と、いうと、つぎのあさ はやく のこのこと、みえいどうに でかけて いって、
「みえいどうさん、ふでと すずりを かして ください。」
「どうなさります。」
「いいから かしてください。」
ろうじんふうふから ふでと すみを かりると、一休さんは、
「さあ、わたしは 今日から あなたがたの むすこです。どうぞ ゆうがたまで あそんで きて ください。」
と、いって、ろうじんふうふを あそびに だして やりました。
そのあとで、一休さんは とだなから かみを なんまいも だして つぎたし、
「一休は 今日から みえいどうの ようしに なりました。その ひろうに、今日 一にちだけ おうぎを かって くださった かたに、むりょうで きごうします。」と かいて、みせの まえに はりだしました。
きごうと いうのは じを かく ことです。
さあ、おうぎを かえば、一休さんが ただで じを かいてくださると いうので、大へんな ひょうばんに なりました。
ゆうがた、ろうじんふうふが「一休さん どうなすったかな。」と、おもいながら かえって きた ときには、一休さんの わきには 山の ように おかねが つみかさなって いました。一休さんは、
「みえいどうさん、はい おかね。」
と、いうと、
「では、わたしは これで りえんして もらいますよ。」
さっさと いおりに かえって しまいました。
みえいどうさんは しゃっきんを はらっただけでなく、それからは ゆたかに くらすことが できました。
てんのうの おつかい
一休さんは やましろのくに(いまの、きょうとふ)たまぎむら と いう ところに、しゅうおんあん と いう 小さな いおりを たててもらって すんで いました。京都の 町の ちかくです。
すると ぶんめい六年(一四七八年)二がつ二十二日の ことでした。あまがさきの こうとくじ と いう おてらの じゅうしょくの じゅうちゅう と いう おしょうさんが ごつちみかどてんのうの つかいと して、この しょうおんあんに きました。
一休さんに、大とくじの じゅうしょくに なって もらいたいと いう つかいでした。
「はい、てんのうの いいつけと あれば、おうけいたしたく おもいますが、一つ おねがいが あります。わたしは くさぶきの 小さな いおりに すむことを たのしみに して います。大とくじの じゅうしょくに なっても、つねづねは この いおりに すむことを おゆるしくだされば おうけ いたします。」
てんのうの めいれいと あれば、うけない わけには いきませんが、そんな 大きな てらに すんで、えらい ひとと あったり、つきあったり するのは、一休さんの こころと はんする ことです。
「しょうち して います。いま 大とくじの じゅうしょくに なるような とくの たかい かたは、あなたの ほかにありません。」
「もったいない ことです。」
大とくじの じゅうしょくに なってからも 一休さんは おししょうさまの かそうさまが、やはり 大とくじの じゅうしょくで ありながら、びわこの そばの 小さな いおりに すんで いたように、いつまでも この たまぎむらの いおりに すみ、おおやけの ことが あるときだけ、大とくじに いくことに して いました。
そして 一休さんは、日本一 とくの たかい おしょうさんと して、ひとびとに したわれながら、八十八さいのとし、ついに、たまぎむらの 土となりました。
(おわり)