青空文庫ビューアー

無題

無題

富永 太郎

月青く人影なきこの深夜

家々の閨をかいま見つゝ

白き巷を疾くよぎる侏儒の影あり

愚かなるさまして黒々と立てる屋根の下に

臥所ふしどありて人はいぎたなく眠れり

家々はかく遠く連なりたれど

眠の罪たるを知るもの絶えてあらず

月も今宵その青き光を恥ぢず

快楽けらくを欲する人間の流す

いつはりの涙に媚ぶと見えたり

かゝる安逸の領ずるよるなれば

あらんかぎりの男女をとこをみなの肌を見んとて

魔性の侏儒は心たのしみ

おもはゆげもなく軒より軒へ

白き巷をよぎりゆくなり