青空文庫ビューアー

薄紗の帳

薄紗の帳

マラルメ ステファヌ

薄紗はくしやとばりたれてあれど、

こよなき「あそび」は思ふらく、

げにもゆゆしきけがれかな、

いたづらなりやとこは無し。

この一面に白妙しろたへ

ふさふさとのからみあひ、

あをみて曇る玻璃はりの戸を

むなしく打つて事も無し。

されど黄金こがねの夢の身には

がくもるうろのなか、

琵琶びはかなしげに眠りゐて、

いづこのまどらねども、

よそにはあらず、われとわが

たいよりるるはあらむ。

註―― Une dentelle s'abolit の句をもつて起るマラルメの難解詩を譯してみた。薄紗の帳白く垂れて輕く窓の板玻璃を打つ景を詩人が見て、これはどうしても帳中に伉儷かうれいの契淺からぬ相思の人の床が無ければならぬと「こよなきあそび」すなわち藝術の方面から推察するところ、實は之が空しく、そこに何も無いと知つて、あたか冒涜ぼうとくの感を起すといふのが、初、二節の意である。しかし「黄金の夢」即ち空想豐かなる詩人の胸には琵琶が常にかくれてゐる。この空想よりして詩人は外物の助をからず、われとわが身より物象を創作する、この場合について言はゞ、「床」を創作し得るのだ。この一篇の中心思想は藝術の特權を説いたところにあるのだらう。