青空文庫ビューアー

ジャム、君の家は

ジャム、君の家は

ゲラン シャルル

「マルテの手記」の一節に、巴里の陋巷で苦惱に充ちた生活をしてゐる孤獨なマルテが、或日圖書館で讀んだ一人の田園詩人――山のなかの靜かな古い家で、花や小鳥や書物などを相手にして暮らしてゐられるその幸福な詩人のことをひそかに羨望するところがある。その一節は讀者に忘れがたい印象を殘すが、その田園詩人はフランシス・ジャムだと云ふことになつてゐる。

 この頃ジャムの囘想記をひもといてゐたら、第三卷のはじめのところに、ピレネェ山中の、もうスペインとの國境にも近いオルテエズの村で、まだ若い詩人が母とただ二人きりで靜かに暮らすことになつた新居の模樣が愉しげに敍せられてある。處女詩集「曉のアンジェラスから夕のアンジェラスまで」をこれから世に問はうとしてゐた頃(一九九八年)のことで、その家への最初の客として、詩人シャルル・ゲランがはるばる訪ねて來る。そして一緒に棕櫚の日曜日を過ごす。そのをりシャルル・ゲランがジャムに與へた詩の斷片は、その隱棲をわれわれの目にも浮ぶやうに蘇らせてくれる……

おお、ジャム、君の家は君の顏にそつくりだね。

蔦のひげがからんで、松の木がそれをおほうてゐる。

風や冬の寒さにも、また悲しみにもめげず、

君の心のやうにいつまでも元氣で若々しく。

君の中庭の低い塀はすつかり苔がむし、

住居はつつましい平屋づくりで、草は生え放題、

庭のなかの井戸や月桂樹のまはりに茂つてゐる。

君の門の戸が死にかけた小鳥のやうに叫ぶのをきくと、

おだやかな感動が私の心をぼおつとさせてしまふ。

私はずゐぶん長いこと君を訪れなかつた、ジャム、

だが、君は私が心に描いてゐたとほりの君だつた。

私は見た、君の犬が徑ばたにぐつたりと寢そべつてゐるのを、

さうしてかささぎのやうな黒と白との帽子の下から、

君の率直な眼がもの憂げに私に微笑みかけてゐるのを。

君の窓は考へ深さうに地平線の方へうちひらいてゐる、

壁には君のパイプがかかり、さうして書棚の硝子には、

詩人らの書物に田畑がそつくり映つてゐる。

……………………………………………………

ジャム、君の窓にもたれてゐると、一目で見える、

ヴィラだの、田畑だの、地平線だの、山の雪だのが。

五月になり、君が戸外に出て詩を小聲に口ずさんでゐると、

空の青さで君の屋根のとひの中までが一ぱいになる……

いかにも快適な住居よ、わが友よ、私はまた君にいつ逢へよう?