青空文庫ビューアー

機縁

機縁

蒲原 有明

その一

大海おほうみかたち定めぬ劫初はじめ

水泡みなわの嵐たゆたふ千尋ちひろの底。

折しもほのほはゆるき『時』のくさり

まひろく永き刻みにとらはれつつ、

群鳥むらどりかける翼のそのさわぎと、

そのさあらめ、あたかねぶまろび、

無際の上枝ほつえ下枝しづえを火のから

ひもてわたる蝸牛くわぎゆうの姿しめす。

火と水、相遇はざりし心を、今、

とせば、かりそめならぬ朝や日や、

舞ひたつ疾風はやち歓喜よろこび空をりて、

いだきぬ、触れぬ、燃えなす願ひよ、た、

うるほすおもひよ、ここに力の

男子をのこくゆりて、雙手もろて、見よ、ひらけり。

その二

水と火、あゝ相遇へり、青きあぶら

浮浪ただよふひまをかぎろひたち、

くちづけ、手握たにぎるや、このひと時こそ

生命いのちなれ、よろづの調しらべのもと。

歌へり『劫初ごふしよ』、かかればはてのくまも

讃頌ほめうたこだまにこたへ、り出でたる

真白き姿―しぶきと消えぬ花や、

くすしきにほひ焔のずゐをまとふ。

現ぜるをみなよ、胸乳おそふる手の

とこしへ解きもあへざる深きおもひ

つゝみて独りながむるけはひるし

なべての秘事ひめごとはらむこは母ぞと

知れりや、水泡胡蝶のつばさ浮び、

千条ちすじの烟いぶきて薫りみちぬ。

(月刊スケツチ 第十一号 明治三十九年二月)