青空文庫ビューアー

ふるさと

ふるさと

漢那 浪笛

無言

常によく見るひとなれど、

心の欲を云ひいでむ、

また、語るべき機会をりもなく、

胸もどかしく、過ぎゆくか。

実にも二人ふたりがその中は、

砕けちりしく花硝子ガラス――

夕日の国の寂寥に、

からみて沈むかうの色。

せめては夢にそのひとと、

微笑ほゝゑみつくる嬉れしさを、

ふかき思ひに抱きしめ、

無言の恋をくちづけむかな。

移香

ながき黒髪くろげのその中に、

あやしく匂ふまなざしの、

たゆたひつゝもしなやかに、

見つむる色の、不思議さよ。

花毛氈の草のへに、

彩羽あやはうちふる、楽の譜か、

姿すゞしく、移香うつりかの、

やをら心にしみいりて、

愛の泉にゆあみする、

新らしき、吾が酔ひごゝち。

真昼

子守唄、静かにうかび、

平安の木かげの夢を

ゆりさます、真昼のまひる。

吾れは今、椰子の実こぼる

みんなみの、森をしたひて

草にふし、豆の葉とりて、

恋愛の、一つにもゆる

唇に、ふし折りかへし、

若かき日の、心うたひぬ。

屠牛

嘯き吼ゆる黄牛よ、

目路にかゞなふ、屠殺場はふりば

知るやしらずや、あな哀れ、

ものおぞましき足どりに、

牧場の草を、いでたちぬ。