岸田 国士
きしだ くにお · 641作品
- 愛妻家の一例
- 『赤鬼』の作者阪中正夫君
- アカデミイの書取
- 「明るい文学」について
- 空地利用
- 秋の雲
- 秋の対話
- 悪態の心理
- 芥川賞(第十八回)選評
- 芥川賞(第二十回)選評
- 浅間山
- 「浅間山」の序に代へて
- 『跫音』の序にかへて
- 明日の劇壇へ
- 明日は天気(二場)
- 新しい芝居
- 新しき天地
- アトリエの印象
- あの顔あの声
- あの日あの人
- あの星はいつ現はれるか
- 阿部正雄君のこと
- 甘い話
- ある親子の問答(一幕)
- あるニュウ・フェイスへの手紙
- 或る日の動物園
- 或る批評
- 或る風潮について
- ある夫婦の歴史
- ある村の素人劇団
- アンリエツトの転地療養日記
- アンリ・ルネ・ルノルマンについて
- 飯田の町に寄す
- 伊賀山精三君に
- 伊賀山精三君の『騒音』
- 遺憾の弁
- 医術の進歩
- 衣食住雑感
- 泉
- 異性間の友情と恋愛
- 偉大なる近代劇場人
- 一国民としての希望
- 一対の美果
- 移転記録
- 犬は鎖に繋ぐべからず
- 命を弄ぶ男ふたり(一幕)
- 岩田豊雄と私
- 岩田夫人の死を悼む
- 言はでものこと
- いわゆる「反省」は我々を救うか
- 牛山ホテル(五場)
- 内村直也君の『秋水嶺』
- 内村直也の戯曲
- 『美しい話』まへがき
- 美しき日本語と対話
- 『馬』と『二十六番館』
- 海の誘惑
- 運を主義にまかす男
- 映画アカデミイについて
- 映画素人談義
- 映画の演劇性
- 映画の観客と俳優
- 映画のダイアローグについて
- 『えり子とともに』の序に代へて
- 演芸欄 其他
- 演劇アカデミイの問題
- 『演劇』あとがき
- 演劇一般講話
- 「演劇」巻頭言
- 演劇雑誌
- 「演劇週評」その序言
- 演劇新潮と築地小劇場
- 「演劇」創刊に当たつて
- 演劇的青春への釈明
- 演劇統制の重点
- 演劇当面の問題
- 演劇と政治
- 戯曲の生命と演劇美
- 演劇の大衆性
- 演劇の様式――総論
- 「演劇美の本質」はしがき
- 演劇への入口
- 演劇・法律・文化
- 演劇本質論の整理
- 演劇漫話
- 演劇より文学を排除すべきか
- 演劇論の一方向
- 演出者として
- 演出者として
- 演出について
- 『桜樹』の序
- 岡田君のこと
- 岡田糓君の個展
- 屋上庭園
- 小山内君の戯曲論
- 遅くはない
- 落葉日記
- 落葉日記(三場)
- お中元
- 音の世界
- 『おふくろ』
- 「思はざる収穫」について
- 温室の前
- 「温室の前」の人物について
- 女九歳
- 女七歳
- 「女らしさ」について
- 懐疑的宣言
- 外国語教育
- 『開拓地帯』の序
- 外遊熱
- かへらじと
- 顔
- 風邪一束
- 雅俗貧困譜
- 「語られる言葉」の美
- 画期的な企て
- 学校劇 其の他
- 加藤道夫の死
- 過渡時代
- 可児君の面会日
- 歌舞伎劇の将来
- 髪の毛と花びら
- 『紙風船』について
- 紙風船(一幕)
- 仮面座の宣言
- カライ博士の臨終
- カルナツクの夏の夕
- 川口一郎君の『二十六番館』
- 感化院の太鼓(二場)
- 観光事業と文化問題
- かんしやく玉
- 癇癪批評
- 感想
- 感想
- ガンバハル氏の実験(ラヂオドラマ)
- 官立演劇映画学校の提唱
- 既往文化と新文化
- 記憶のいたづら
- 桔梗の別れ
- 戯曲以前のもの
- 戯曲及び戯曲作家について
- 戯曲講座
- 戯曲時代
- 戯曲時代去る
- 戯曲集『鴉』の印象
- 戯曲二十五篇を読まされた話
- 戯曲の翻訳
- 戯曲復興の兆
- 危機を救ふもの
- 棄権
- 紀州人
- 期待する人
- 北軽井沢にて
- 希望
- 脚本難
- 共同の目標
- 近況
- 近代劇論
- 勤労と文化
- 偶感一束
- 空襲時に於ける興行非常対策について
- 空襲ドラマ
- 傀儡の夢(五場)
- 久保田万太郎氏著「釣堀にて」
- 雲の会
- 車引耕介に答ふ
- 苦労人クウルトリイヌについて
- クロニック・モノロゲ
- クロムランクとベルナアルに就いて
- 稽古雑感
- 稽古のしかた
- 稽古場にて
- 計算は計算
- 芸術家の協力
- 芸術座の『軍人礼讃』
- 芸術賞
- 芸術と金銭
- 劇作と私
- 「劇作」に告ぐ
- 劇作を志す若い人々に
- 劇作家としてのルナアル
- 劇場と観客層
- 劇場と作者
- 劇壇暗黒の弁
- 劇壇左右展望
- 劇壇漫評
- 劇的伝統と劇的因襲
- 劇道救済の必要
- 劇の好きな子供たちへ
- 劇文学は何処へ行くか
- 『月・水・金』の跋
- けむり(ラヂオ物語)
- 喧嘩上手
- 懸賞小説に寄せて
- 「現代演劇論・増補版」あとがき
- 「現代演劇論」はしがき
- 「現代戯曲全集第十七巻」の跋に代へて
- 現代劇のない日本
- 現代大衆劇は斯くして生れる
- 『現代短歌大系』のために
- 現代日本の演劇
- “現代風俗”に就いて
- 「現代風俗」はしがき
- 賢婦人の一例(一幕)
- 公開状
- 荒天吉日
- 「国語文化講座」監修者の言葉
- コクトオの『声』その他を聴く
- 国防と文化
- ここに弟あり
- 心平かなり
- 後日譚
- 言葉言葉言葉
- 言葉の魅力
- 言葉の魅力[第一稿]
- この握りめし
- コポオの弟子たち
- 小山祐士君の『瀬戸内海の子供ら』
- これからの戯曲
- 是名優哉(一幕)
- 今月の感想
- 今度の出し物について
- こんな俳優が欲しい
- 最近の戯曲について
- 歳月
- 「歳月」前記
- 作者の言葉(「牛山ホテル」の後に)
- 『桜の園』の思ひ出と印象
- 左団次一行
- 作家山本人間有三
- 五月晴れ
- 「昨今横浜異聞」この集を編むについて
- 昨今横浜異聞(一幕)
- 『猿・鹿・熊』の序
- 沢氏の二人娘
- 三八年の女性はかく生きよ!
- サン・ジョルジュ・ド・ブウエリエについて
- 「サント・ブウヴ選集」推薦の言葉
- 「詩歌の午後」について
- ジイクフリードについて
- 椎茸と雄弁
- ジーブルグ著「神はフランスにゐるか」
- 支那人研究
- 芝居と見物
- 芝居と生活
- 芝居と僕
- 暫く黙せしめよ
- 強ひられた感想
- 事変記念日
- 事変第三年を迎へて
- 島国的僻見
- 自問自答
- 写真(一幕)
- ジャック・コポオの印象
- シャルル・ヴィルドラックについて
- ジヤン・コクトオ作「恐るべき子供たち」
- 上海で戦死した友田恭助君
- シュアレスの「三人」(宮崎嶺雄君訳)
- 周囲に聴く
- 驟雨(一幕)
- 宗教と科学についての所感
- 従軍五十日
- 十五年
- 『十二月』
- 十二月的感想
- 十年の足跡
- ジュウル・ルナアル
- 述懐
- 出発点
- 「趣味」の草原へ
- 春日雑記
- 春秋座の「父帰る」
- 純粋演劇の問題
- 純粋戯曲への道
- 上演目録
- 上演料の話(仏蘭西)
- 小劇場記念公演
- 「娼婦マヤ」評
- 昭和十年度劇界への指針
- 昭和の劇文学の全貌
- 職業(教訓劇)
- 女性の力
- 女性風俗時評
- 女性へ 1
- 女性へ 2
- 序文
- 「序文」まへがき
- 女優と劇作家
- 女優の親
- 女優リイヌ・ノロのこと
- ジヨルジュ・クウルトリイヌに就いて
- 『シラノ』雑感
- 素面の管
- 「白い蛇、赤い蛇」
- 『素人演劇運動の理念と方策』の序
- 『素人演劇講座』の序
- 新協劇団を観る
- 新劇運動の一考察
- 新劇運動の二つの道
- 新劇界の昨今
- 新劇界の分野
- 新劇協会公演に先だつて
- 新劇協会の更生について
- 新劇協会の舞台稽古
- 新劇倶楽部創立に際して
- 新劇雑誌
- 新劇自活の道
- 新劇衰微の兆 天才俳優出でよ
- 新劇と娘今日子
- 新劇の行くべき途
- 新劇の殻
- 新劇の観客諸君へ
- 新劇の危機
- 新劇の自活
- 新劇の始末
- 新劇の大衆化
- 新劇のために
- 新劇の拓く道
- 新劇の分類
- 新劇の黎明
- 新劇復興の兆
- 新国劇の「屋上庭園」を観て
- 新撰劇作叢書刊行について
- 新鮮な魅力
- 新築地劇団に望む
- 新築地に与へて
- 「新日本文学全集第三集・岸田國士集」あとがき
- 新年狂想曲
- 新派劇と新派俳優
- 新文化建設の方向
- 新聞小説
- 新聞小説とは
- 心理の洞察
- すべてを得るは難し
- 生活から学ぶ
- 「生活と文化」序
- 生活の美しさについて
- 生活のうるほひ
- 生活の貧しさ
- 生活の黎明
- 生活文化の建設
- 生活力の強化
- 清潔な文章を買ふ
- 青年の矜りと嗜み
- 青年の夢と憂欝
- 青年へ
- 西洋映画は何故面白いか?
- 世界的文化の母胎
- 世界人情覗眼鏡
- 世界覗眼鏡
- 世帯休業
- せりふ
- 「せりふ」としての方言
- 「せりふ」について
- 先駆者小山内薫
- 選後に
- 選後に
- 選後に
- 戦時下に於る文化運動の意義
- 戦時下の文化運動
- 戦死した友田恭助氏
- 選者の言葉
- 戦争指導者
- 戦争と文化
- 煽動性万能
- ゼンマイの戯れ(映画脚本)
- 「ゼンマイの戯れ」に就て
- 「ゼンマイの戯れ」に就いて
- 双面神
- 続言葉言葉言葉(その一)
- 続言葉言葉言葉(その二)
- 其日、其日の気持
- 空の赤きを見て
- 空の悪魔(ラヂオ・ドラマ)
- それができたら
- 大正風俗考
- 大政翼賛会と文化問題
- 「炬火おくり」について
- 対話
- 対話させる術
- 田口竹男君のこと
- 脱退問題是非
- 頼母しき求縁(一幕)
- 旅の苦労
- 田巻安里のコーヒー
- 玉突の賦
- 誰でもない……自分でもない
- 『断層』の作者久板栄二郎君へ
- 暖地の冬から山国の春へ
- ヂアロオグ・プランタニエ(対話)
- 『力としての文化』まえがき
- 地方文学の曙光
- 地方文化の新建設
- 著作権の精神的擁護
- 著作者側の一私見
- 「チロルの秋」以来
- 「チロルの秋」上演当時の思ひ出
- チロルの秋(一幕)
- チロルの古城にて
- チロルの旅
- 珍重すべき国際感覚
- 「追憶」による追憶
- 遂に「知らん」文六(三場)
- 通俗性・大衆性・普遍性
- 築地座の『旧友』
- 築地座の『ママ先生』
- 築地小劇場の旗挙
- 辻久一著「夜の芸術」
- 妻の日記
- テアトル・コメディイ
- テアトル・コメディイの二喜劇
- 動員挿話[第一稿]
- 動員挿話(二幕)
- 東京朝日新聞の劇評
- 『同志の人々』
- 時 処 人
- 「時・処・人」まへがき
- 独断一束
- 独断三幅対
- 時計とステッキ
- 都市文化の危機
- 「ドストエーフスキイ全集」推薦の辞
- 隣組長として
- 隣組の文化運動
- 隣の花
- 隣の花
- トリスタン・ベルナアルに就いて
- 取引にあらず
- 「どん底」の演出
- 『どん底』ノート
- 問屋種切れ
- 中野重治氏に答ふ
- 中村・阪中二君のこと
- 中村伸郎
- 懐かし味気なし
- 菜の花は赤い
- 悩みと死の微笑
- なんとかせねばならぬ
- 『南方絵筆紀行』の序
- 虹色の幻想(シナリオ)
- 日記について
- 日本映画の水準について
- 日本演劇の特質
- 日本人とは?
- 『日本人とは?』再刊にあたつて
- 『日本人とはなにか』まへがき
- 日本人のたしなみ
- 日本に生れた以上は
- 日本の新劇
- 日本文化の特質
- 『日本を観る』の序に代へて
- 女人渇仰
- 人間カザノヴァの輪郭
- 「にんじん」とルナアルについて
- 「にんじん」の訳稿を終へて
- “にんじん”を観て
- 農村の文化について
- 野上君の処女戯曲
- 長閑なる反目
- 梅雨期の饒舌
- 『ハイカラ』といふこと
- 『敗戦の倫理』編者のことば
- 俳優教育について
- 俳優志望者メンタルテスト
- 俳優と現代人の生活(対話Ⅴ)
- 俳優の素質
- 俳優養成と人材発見
- 俳優倫理
- 博物誌あとがき
- 「博物誌」の序に代へて
- 葉桜(一幕)
- 走るノート
- 花問答
- 「花問答」後記
- 母親の心理学
- 端役
- 速水女塾
- 「速水女塾」あとがき
- 「速水女塾」について
- 速水女塾に就ての雑談
- 巴里素描
- 巴里で観たイプセン劇
- 巴里の新年
- 帆船の絵について
- 麺麭屋文六の思案(二場)
- 光は影を
- 「抽斗にない言葉」
- 「悲劇喜劇」広告
- 「悲劇喜劇」の編輯者として
- 「悲劇喜劇」発刊について
- 美談附近
- 秘伝の名訳
- 一言(『岸田秋子』について)
- 一言二言三言
- 一言(「道遠からん」について)
- 一つの試案
- 一つの挿話
- 灯ともし頃
- 火の扉
- 批評家・作家・劇場人
- 秘密の代償
- 百三十二番地の貸家
- 標題のつけ方
- ファルスの近代性
- ファンテジイ
- 風俗時評
- 「風俗時評」あとがき
- 風俗の非道徳性
- 「不可解」の魅力
- 福田恆存君の「キティ颱風」
- 富士はおまけ(ラヂオ・ドラマ)
- S夫人への手紙
- S夫人への手紙[別稿]
- 舞台の笑顔
- 舞台の言葉
- 再びテアトル・コメディイについて
- 二つの戯曲時代
- 二つの答
- 仏国議会に於ける脚本検閲問題
- 仏国現代の劇作家
- 「葡萄畑の葡萄作り」後記
- 「ぶどう畑のぶどう作り」後記
- ぶらんこ(一幕)
- フランスに於けるシェイクスピア
- ふらんすの女
- ふらんすの芝居
- ふらんす役者気質
- 仏蘭西役者の裏表
- 古い玩具(一幕六場)
- 「古い玩具」あとがき
- ブルタアニュの伝説より
- プログラム
- 文化運動への反省
- 文学オリンピツク
- 文学界後記
- 文学か戯曲か
- 文学座第一回試演に際して
- 文学座第二回試演に際して
- 文学座の芸能祭参加について
- 文学座『夢を喰ふ女』を演出して
- 文学者の一人として見た現代日本語
- 「文化勲章」制定に就て
- 文化勲章に就て
- 文化職域について
- 文化政策展開の方向
- 文化とは
- 文化とはどういふことか
- 文化の新体制
- 文芸雑談
- 文芸銃後運動
- 文芸と国語
- 文芸の側衛的任務
- 文功章
- 「文壇波動調」欄記事
- 「文壇波動調」欄記事
- 「文壇波動調」欄記事
- 「文壇波動調」欄記事
- 「文壇波動調」欄記事
- 「文壇波動調」欄記事
- 兵営と文学
- 返事
- 編輯当番より
- 傍観者の言
- 方言について
- 方言について
- 放浪者
- ポオル・エルヴィユウ
- 北支の旅
- 北支物情
- 「矜り」と「嗜み」
- 北海道の性格
- ポルト・リシュとクウルトリイヌ
- 焼き林檎を投げる
- 翻訳劇と翻案劇
- 翻訳について
- 迷子になつた上等兵(ラヂオドラマ)
- 幕間
- 幕が下りて
- 幕は開かない
- 先づ脱却すべきは
- ママ先生とその夫
- 「満洲国各民族創作選集」選者のことば
- 未解決の問題
- 未完成な現代劇
- 「道遠からん」あとがき
- 道遠からん 四幕
- 観て忘れる
- 緑の星
- 三保寮を訪ふ
- 武者小路氏のルナアル観
- 村で一番の栗の木(五場)
- 明治大学文芸科に演劇映画科を新設する件
- もうひと息
- 黙然として
- 最もよく系統づけられた戯曲叢書
- 求貸家
- 物言う術
- 『物言う術』の序に代へて
- モノロオグ
- 喪服の人形
- 森本薫君について
- 「モンテーニュ随想録」(関根秀雄君訳)
- 訳者より著者へ
- 矢代静一君を推す
- 山形屋の青春
- 棣棠の心
- 山本有三氏作「真実一路」について
- 優にやさしき心
- 雄弁について
- 雪だるまの幻想(ラジオ・ドラマ)
- 夢と実現の能力
- 「由利旗江」を書いた頃の思出
- 用捨なき観客
- 横光君といふ人
- 横光君の印象
- 横光君の文学
- 横槍一本
- 米川正夫著「酒・音楽・思出」
- 『落伍者の群』を聴け
- ラジオ・ドラマ私見
- ラヂオ・ドラマ選者の言葉
- ラヂオ文学の収穫――「なだれ」
- 陸軍士官から
- ルイ・ジュウヴェの魅力
- 留守(一幕)
- 軌道(黙劇)
- レオポール三世の悲劇
- 恋愛恐怖病(二場)
- 練習曲
- 老病について
- 六号記
- ロツパの「楽天公子」
- わが演劇文化の水準
- わが仏文壇に「なくてはならぬ部分」を残す
- 「我家の平和」を演出して
- 私の演劇論について
- 私の従軍報告
- 『私の生活技術』の跋
- 笑について
- 「我等の劇場」緒言